生徒会長の挑戦
もぬけの殻になっている2-Fの教室に着いた杏樹は早速教卓に目を向けた。そこには伏水の言っていた通り、1枚の問題用紙と4枚のカードが置いてあった。杏樹はまず問題用紙を読んだ。
『Q.理の相性において、風の属性に対して有利な属性は何か』
そうきたか、と杏樹は感心したと同時に、多くの憶測が脳内で飛び交った。一先ずその憶測たちを端にやり、答えとして示されているカードを見ることにした。
『水』
『土』
『火』
『ない』
考えるまでもなく、答えは『火』だ。『火』のカードを取り、裏には『1-A』と次なる場所の名が書いてあった。杏樹はカードを手にして、早々に教室を出ていった。
校舎を跨ぐ長い移動となる中、杏樹は後回しにしていた憶測に頭を回していた。てっきり学力を計る問題が出てくるものかと思っていたのだが、理に関する問題が用意されていた。問題傾向を表す意味でも、最初の問題が理だった以上、次も理の問題である可能性が非常に高い。むしろ自分に用意されている問題は全て理であると言っても差し支えないかもしれない。この戦いの目的が『長永頼人に勉強を教える権利』であるのに、それに必要な学力の計測を放棄しているのは、御門杏樹が稀代の才女であることを承知していることの証明だ。
もし問題が学生が学ぶ分野のものであれば、その勝負は自分が勝利することが揺るがない。大田島紅蓮が勉強の出来る人間だとしても、自分との差は大海ほどであろう。伏水が始まる前から勝負の見えている戦いを嫌ったとしたら、2人の間で知識の差がない問題で公平な戦いを望むだろう。とすると、知ったばかりの、まだ未知の世界である理の問題はうってつけなのだ。
杏樹はこの戦いが楽なものでないことが分かった。伏水の思惑通り、理に関しては紅蓮と同等の知識量である。どれだけ学習能力が高く、早々に理解していても、次の知識を得るのには頼人や花凛とも足並みを揃えなければならなかった。それにはな婆は必要以上に理の話をしなかったし、妙に対応が悪いこともあった。そのため、雑学ほどでも理の先のことを知るには至っていない。紅蓮との知識の差は皆無と言って過言ではないのだ。これならば、どちらが勝ってもおかしくない熱戦が期待されるだろう。
まだまだしこりが残っていたが、1-Aの教室に着いた。先程と同じく教卓の上に問題一式があった。
『Q.4つのうち、理の発現方法として適切でないものはどれか』
問題傾向に関しては、推測が確信に変わった。
『発生』
『召喚』
『収束』
『ない』
少し難しくなったが答えは『収束』だ。『ない』とかいうやる気のない選択は眼中になかった。教室を出て、カードに示された次の場所へと走る。一時停止していた思考に再び血流を巡らせた。
もし、このまま理の問題が続くとして、ただ覚えていることを答えにしていくのではあまりにも味気ない。知恵と知識で勝敗を、と言った割には平坦な戦いになってしまう。自分たちの知識の量と限度は、洗脳しようとした時に戸張に探らせていたのだろう。だから知識の問題は細かいところを抉るものも作れると見て良い。だがそれでも、結局記憶力を試すだけに留まる。覚えているかいないかで決する勝負なら、まさに伏水が言っていた足が速いほうが勝つつまらない戦いと同じである。彼女が我々の要望通りの試合を準備しているなら、この先で何か特別な問題が用意されていると考えるべきだろう。
それがいったいどんな難問なのか、予想をしつつも次の教室に着いた。ここでそれが来るかと身構えて問題を見た。
『Q.妖怪は何から進化したものか』
まだ慣らしの問題だ。少し肩透かしを食らった。
『動物』
『人間』
『植物』
『ない』
迷わず『動物』のカードを取った。しかし今までずっとある『ない』のカードのやる気のなさはなんなのだと思った。答えはしっかり迷わせるものでなければ意味がない。所詮、生徒会長も子供か。問題を作る力はないのだろう。伏水を過信しすぎているだけで、期待する難問も存在しないような気がしてきた。それならそれで、この茶番をさっさと終わらせて、自分の目的を果たすだけだ。
杏樹は落胆していたが、次の教室へ向かう足は機敏だった。一瞬でも歩を緩めて、その小さな差で負けるなどあってはならないからだ。例え、難問がなくとも油断は一切しない。頼人と親密になるために、この勝負は絶対に負けてはならないのだ。




