頼人争奪戦
放課後の屋上に2人、真剣な面持ちでその時を待つ。しきりに時計を気にする杏樹と、目を閉じてぶつぶつ呟く紅蓮。2人は互いを認識しようとはせず、ただ己と向き合い集中していた。
静かに屋上の扉が開き、伏水が来た。2人の鋭い視線が刺さり、伏水は身じろいだが、生徒会長としての威厳をすぐに取り戻して、堂々たる歩みで2人に接近した。
「お待たせしました。長永頼人専属教師権争奪戦を仕切らせていただく伏水です。よろしくお願いします。本日はお日柄もよく……」
「御託は良いのでルールを説明していただけませんか?」
「さっさとしろ」
「うぐっ、わ、分かりました。説明しますよ……風当たり強いなあ……」
寂しげに呟いた後、伏水は2人に1枚のカードを渡した。
「なんですの、これは?」
カードには『2-F』と書かれているだけだった。
「順を追って説明しますので、ちょっと待って下さい。あなたたちには競争をしてもらいます。この屋上から長永くんがいる図書室に先に着いた方が勝ち、という単純明快な競争ですね。ですが、それじゃあ足の速いほうが勝つだけのつまらないものになってしまいますし、あなたたちの要望だった頭を使う勝負というのにも反していますよね。そこで、あなたたちに渡したカードが単純な勝負を解消してくれるのです。お2人にはそれぞれ、別の教室の名前が書かれたカードを渡しました。まずはそこに向かってもらいます。教室には分かりやすい場所に紙が1枚とカードが4枚置いてあります。紙には問題が書いてあり、その答えを4枚のカードから選んでもらいます。カードには表に答えが書いてあって、裏にはまた教室の名前が書いてあります。正しい答えであれば、そこに書かれた教室に行けばまた問題を解くことになり、正しい答えを選んで次の教室へ、そしてまた問題を解いて次の教室へ、というのを繰り返していって、最後に長永くんがいる図書室の鍵がある教室に辿り着きます。その鍵を使って図書室に入ったら勝ちということです。どうです、面白いでしょう?」
伏水は得意気になって2人を見たが、反応はいまいちだった。2人ともルールを反芻するのに夢中になっていたからだ。
「不正解だった場合はどうなるんだ? その場で負けなんてことねえよな」
「カードに書いてある教室に向かっても、何もないだけです。そしたら、また戻って同じ問題を解いてもらいます。間違ったらタイムロスになるということです」
「鍵の場所は2人共同じですの?」
「違う場所に用意してあります。なので、鍵を手に入れた時点で決着ということはありません。なので、図書室に着くまで油断はできませんよ」
「妨害はしても?」
「駄目ですよ。暴力とか危険な行為は禁止です。知恵と知識で勝敗を決めましょう。他に質問はありますか?」
杏樹も紅蓮もこれ以上は何も言わなかった。伏水は持ってきたメモを見て、説明に不備がないことを確認すると、戦いの幕開けとなる時を告げた。
「時間もちょうど良いですね。あと少しでチャイムが鳴りますから、それを合図にスタートです」
伏水は扉を開き、準備をした。杏樹と紅蓮はスタート位置に立たされ、チャイムが鳴るのを静かに待った。互いに目を合わせることは一切なかった。2人の目にはゴールで待つ頼人だけが見据えられているようだった。
校内に鐘の音が響いた。それと同時に2人は脱兎の如く駆けた。屋上を脱し、階段を下りて、その後は行き先を違えてゴールを目指す。強い思いと、培ってきた知能、それぞれの威信をも賭けた戦いが始まったのである。




