切欠と意地と
昼休みの時分、杏樹は焼きそばパン片手にノートを眺める頼人に声を掛けた。
「お勉強熱心なのですね」
「いやいや、全然単語覚えてないから、必死に暗記中なんだ」
頼人は顔を上げて苦笑いを見せた。膝に乗っているノートには英単語がずらりと並んでいた。
「あら、英語ですか。普段使わない言葉を覚えるとなると、苦労も並では済みませんものね」
「そうそう。単語もそうだけど、文法も難しくってさ。色々こんがらがるんだ。毎度テストの点数も悪いし、今回こそ頑張らないとって思って。でも思ってるだけで、なかなか身に付かないっていう」
「でしたら、わたくしがお教えいたしましょうか?」
頼人は虚を突かれたような顔をした。よほど意外な言葉だったのだろうか、自分が人に物を教えるような高徳な人間でないと思われている気がして、杏樹は少々へこんだ。
「気持ちは嬉しいんだけど、御門さんに迷惑をかけるわけにはいかないな。御門さんはいつも全教科満点だから、勉強も大変だろうし」
杏樹はへこんだ気持ちが元に戻った。むしろ盛り上がるくらいに嬉しかった。
「心配くださって感激ですわ。ですが、わたくしはこの期に及んで勉強する必要もありませんの。長永くんのお手伝いをする余裕が充分にありますゆえ、迷惑など思わずに頼ってくださいまし」
「ちょっと待て」
突如ドスの利いた声が2人の会話に入ってきた。その声は頼人の隣にいた紅蓮のものだ。杏樹は嫌な予感を感じながらも、紅蓮に視線を向けた。
「なんですの?」
「頼人はオレが面倒を見る。お前の出番はない」
まるで脅しかのような声色だった。しかし、杏樹にそれが通じるわけもなく、却って杏樹の対抗心に火が点いてしまった。
「へえ、貴方が。そこそこお勉強ができると聞いていますが、それでも人に教える余裕があるとは思えませんわねえ」
「頼人の勉強を見ながら自分も勉強すればいいだろ」
「なんと非効率なやり方でしょう。そう無理をなさらずに自分のことに一生懸命になってくださいな」
「一緒に勉強したほうが捗ることもある。お前の方こそ、偽善者ぶって頼人に擦り寄ろうとするんじゃねえ」
「偽善者ですって? 何をおっしゃいますか、わたくしは心から長永くんの力になりたいと思って申し出たので、決してやましい気持ちなど……」
終着点の見えない口論を外野から見ていた花凛は、杏樹と紅蓮の間で助けを求める視線を送ってきている頼人に気付いた。大げさに溜め息を吐くふりをしてから、花凛は杏樹たちの仲裁に入った。
「はいストップストップ。ずっと口ゲンカしてても埒が明かないわよ?」
「そうは言いますが花凛さん、大田島くんが引き下がらないのが悪いのでして……」
「御門もだろ。お嬢様だというならもう少し潔さを見せてみろよ」
「だからストップって言ってるでしょ。そんなに頼人を困らせたいの?」
睨み合っていた杏樹と紅蓮は、頼人の方に向いた。頼人は笑っていたが、困った顔は誤魔化せていなかった。杏樹と紅蓮は共に熱くなってしまったことを反省した。
「醜態を晒すような真似をしてしまいました。申し訳ありません」
「すまん、頼人。少し熱くなりすぎた」
「そんな謝らなくてもいいよ。ただまあ、喧嘩せずにどうするかを決めてほしいなって思う。俺はどっちから教わっても嬉しいしさ」
「2人ともやたら強情だからなあ。さっさとじゃんけんで決めればいいのに」
「運否天賦で決めるなんてありえませんわ」
「同感だ。勉強を賭けての戦いなら、それに相応しいものがいい」
「めんどくさいわねー。頭を使う勝負で決めたいってこと?」
杏樹と紅蓮は大きく頷いた。仲が良いのか悪いのか、と呆れながらも花凛は考えた。
「あたしの頭じゃ大したの思いつかないんだよなあ」
「わたくしとしても、中途半端な頭脳戦は萎えるだけなので願い下げますわ」
「あたしのアイディアじゃダメって言ってるようなもんね。じゃあ、生徒会長にでも助けてもらおうかな」
「あの方なら期待できますわね。公平なものを用意していただけそうですわ。大田島くんも異論はありませんわね?」
「まあいいだろう」
「決まりね。早速、生徒会長のとこに突撃しましょ」
そうして意気揚々と生徒会室に向かっていった。頼人は事が大きくなりすぎている気がしてならなかったが、皆が楽しそうなので良しとすることにして、後に付いていった。




