眠る白い少女
外に出るのも億劫になるほど暑さが増しているこの頃。病室の中だけは常に患者を労る温度を維持しており、このアルビノの少女でも安穏な睡眠を得られていた。
処置を終えた戸張は椅子に腰掛け、少女を見つめた。出会った時よりも血色が良く感じられ、あの負の気配も消失していたので、自分とさほど年の変わらない異国の少女といったようにしか見えない。見つめ続けていると、どうにも気恥ずかしくなってきたので、向かいに座っているはな婆に視線を移して話しかけた。
「この子はどうしてあんな所に閉じ込められてたんだろう。それにあの力もいったい……」
「それもこれも、しっかりと話せるようになってからじゃ。今は体力を回復させてやらねばならん」
少女を見たまま、はな婆は言葉を続ける。
「穏やかな顔をしておる……このまま安心して眠っていられれば良いが、受け止めるべき現実が待っておる。その時、この子を支えてあげる人間が必要になるじゃろう。誰か、などと言葉を濁すまでもない。その役目はおぬしがやらねばならん。この子を救ったのはおぬしじゃ。だが、まだ闇の中から脱してはいない。救う決意と覚悟を示したおぬしには、その責務を果たしてもらわねばなるまい」
「最後まで面倒は見るよ。投げ出す気はない」
戸張は短い言葉であったが、確固たる意思を示した。
「当然の返事じゃな。まあ、わしもおぬしに全て丸投げするつもりはない。おぬしには任せられぬこともあるから、そこはわしが補おう。特に、負の力に関してはわしに任せてもらいたい」
「それはもう封印してるんだ。どうしようってことも出来ないし、させたくない」
「あれだけの絶大な力じゃ。上手く使えるようになれば、この世に並ぶ者がいない術者になれるじゃろう。今はまだ封印しておいて良い。だが、いずれ封印を緩めて少しずつ力に慣らしてやりたいんじゃ」
「そんなことして、また負の気に飲まれたらどうするんだ? 封印は未来永劫このままだ。一瞬足りとも緩めはしない」
戸張は声を荒げてそう言った。
「じゃから、少しずつだと言っておろう。それにじゃな、何者かによって封印が無理矢理解かれた時に、自分でそれを制することが出来なければまた廃人に戻ってしまうんじゃぞ? 自分の力を自分で操る術を学ばねば、もしもの時に困るのじゃ」
「何重にも鍵を掛けてあるんだ。簡単には封印は解かれない。封印を解こうとする奴がいるなら、僕が止める。何も心配はいらない」
一歩も譲らない戸張に、はな婆は呆れて溜め息を吐いた。
「妙に意気地が強いのは誰も一緒じゃのう。今はわしが折れてやろう。しかし、必ず封印を解く時は来る。それを努々忘れるでないぞ」
はな婆は重たい腰を上げ、戸張を一瞥して病室を出て行った。
「来させやしない。僕が絶対に君を守る」
戸張は少女に向かって呟いた。少女は小さな寝息を立てたまま、眠り続ける。彼女は今、どんな夢を見ているのだろうか。戸張には想像できなかったが、それが幸せな夢であることを切に願った。




