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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
悪の館

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その手で掴むもの

 羽黒の疲弊は明らかだった。花凛の一撃がよっぽど効いたのだろう。おかげで、頼人には有利な状況で戦いが始まると見えた。だが、頼人も万全ではなかった。理力の底が見えてきていたのだ。

 もうこれ以上、長期戦を続けるわけにはいかない。だから残りの理力を出しきり、一気に片付けるべき、と考えて光を発現させようとするが、直前で思いとどまった。焦ってはいけない。冷静に勝ち得る戦いをするべきだ。頼人は熱くなりかけた頭を冷やすように、羽黒から離れた。

 だが、羽黒は甘くなかった。頼人の後退に合わせて、飛びかかってきた。心臓を抉るように大鎌を振るってきた。頼人は咄嗟にそれを手で受け止めた。

「……軽く見ていたか。そこまで光の理を操れるとは」

 頼人の手の平は微かに光を帯びていた。大鎌をいなし、頼人は手の光を剣へと変化させた。

 光の理と闇の理、この2つの理は他の属性の理とは別種であり、相性関係も存在しない。使用者のパーソナルに多大に依存し、才能のない者が使っても役に立つことはほとんどない特殊な属性である。異質とも呼べるこの理は他の属性に対して、相性がないというものの、優位になる場面が多く、頼人も今までの戦いで数々の恩恵を受けていた。それは羽黒にも言えることであり、彼の大鎌を防ぐには特別な対策が必要な程である。だが、それを必要としない戦いが頼人には出来た。頼人の光の理は、この大鎌と対等の力を持っていた。それは偏に光の理と闇の理が似た性質を持っていることが起因しているからであり、はな婆もそれゆえに頼人には剣を使った戦法を訓練させていた。その上で、頼人は羽黒に勝つ術を用意していた。

 理力を少しだけ残し、剣をより大きくした。頼人を覆い隠すほどの大きさにまでなると、持ち上げるのも難しそうに刃を床に落とした。両手でしっかりと握りながら、遠心力でそれを振るい、羽黒を牽制した。

 大振りの攻撃は範囲こそ広かったが、鈍重であったために簡単に避けられてしまう。しかし振り回し続けることで羽黒を寄せ付けず、一定の距離を保つことが出来た。これによって、両者とも徒に理力を消費し続けることになった。

 攻めあぐねる羽黒が業を煮やすのに時間は掛からなかった。自らの理力がなくなりかけていることと、攻撃することができない葛藤から、無理矢理突破しにきたのだ。突っ込んでくる羽黒に対して、頼人は大剣で横一閃に薙ぎ払おうとする。だが、それを突かれた。

 大剣を振るった瞬間、羽黒は大きく跳躍した。頼人の攻撃では対応できない空中から攻めてきたのだ。大剣に身を任せている頼人は、この強襲を止めることができない。羽黒は勝利を確信した。

 まさに狙い通りだった。頼人は発現を待たせていた理力を解放した。羽黒の眼前に光の渦が現れ、飛び込んできた羽黒を飲み込んだ。最後まで隠していた発現術、発生を土壇場で使ったのだ。発生はかなり難度の高い発現だが、あらかじめ理力と場所さえ準備させておくことで、相手がその場所に入った瞬間に放つことができる。頼人は羽黒が攻めてくる場所を大剣で塞ぎ、空中からしか攻められないようにした。そして、飛び込む間は無防備になることを利用し、発生を避けられることなく当てられたのだ。

 抵抗することも逃げることも出来ない羽黒は光を全身に浴びて落下した。最後まで離さなかった大鎌も、理力がなくなったのか煙のように消えていった。同時に頼人も大剣を維持できなくなり、弱い閃光を放って消えた。頼人は羽黒が倒れて動かなくなったことを確かめると、深い溜め息を吐いた。戦いは終わった。ぎりぎりであったが、頼人が勝つことが出来た。だが、まだ心は晴れきれていなかった。

 今の今まで気にしていなかった後ろを振り返る。視界の端に誰かが過ぎった後、花凛が小走りで此方に来ているのが見えた。

「頼人、その子、捕まえて……」

 力のない声に応じて、頼人は再び振り返る。すると、そこには羽黒を興味深そうに見ている和吉がいた。

 和吉の手には夜色の幻想が握られていた。羽黒を見ながら、時折夜色の幻想に目をやり、何かを思案しているようだった。

「なんで和吉がそれを……なあ和吉、その時計返してくれないか?」

 事態は飲み込めていなかったが、和吉にそれを持たせておくわけにはいかなかった。頼人は和吉を信用してなかったのではなく、和吉が羽黒を見る目にそこはかとなく不安を覚えたから、一刻も早く夜色の幻想を取り戻したかった。

「やだよ。これはわちきのものだもん」

「あー、それがないと困る人がいるんだ。だから頼むよ」

「わちきもねー、ぜんぜん遊んでもらえなくてこまったの。こまったわちきは、これでゆるしてあげるって言ってるんだよ」

 道理も融通も効かないあたり、やはり和吉は子供だ。ただの子供ならば良いが、厄介極まりない妖怪なのだから、頼人もどうして良いのか分からない。取り返す手段も思いつかないまま、羽黒の頬を叩く和吉を見ていると、花凛がようやく追いついてきた。

「ちょっと和吉ちゃん、ワガママばっか言っちゃダメよ。それは人の物なんだからちゃんと元の持ち主に返さなきゃいけないの。分かる?」

「んー、そうだねえ……じゃあ、こういうのどう?」

 和吉は頼人の前に立ち、両手を出した。片方には夜色の幻想が、もう片方には魂が入った瓶が握られていた。

「これ、おにいちゃんたちが探してたもんだよ。大事なー、お友達? それでこっちが、すごい時計。どっちかだけ返してあげる、あひゃひゃひゃ」

 無邪気な笑い声だったが、頼人と花凛は笑ってはいられなかった。

「やっぱ連れてくるべきじゃなかったわね。あとで杏樹に反省文書かせてやる」

「夜色の幻想のことはともかく、紅蓮の魂に関しては和吉がいなかったら取り返せなかったかもしれないから、連れて来て良かったんじゃないか?」

「……そうね。結局、魂がどこにあったかなんて分からなかったから、素直にそれは褒めてあげなきゃね。ありがとね、和吉ちゃん」

「あひゃひゃ、えらいっしょ? でも、どっちがいいの? 早くしないと、やっぱりどっちも返してあげないよー?」

「そのワルガキっぽいとこだけはいただけないわ、ホントに。頼人、分かってるわよね?」

「ああ。和吉、こっち返してもらうよ」

 頼人は和吉の手から瓶を取った。和吉は一層喜んで笑った。

「あー良かった良かった。そっちいらないからね、選ばなかったらやだったんだよ」

「この子、やっぱりワルガキじゃ済まないわね。まあいいわ。とりあえず紅蓮ちゃんは確保ね」

 流石に人の命は天秤に掛かっていなかった。何よりも紅蓮の魂の奪還が頼人の使命でもあったのだ。瓶の中で燃えあがる魂を眺めて、頼人は一安心した。

「戸張くんには悪いけど、夜色の幻想は次の機会に和吉から取り返すとしよう」

「羽黒が持ってるよりはマシかもね。機嫌いい時に、あんみつと交換でもすればいいし」

 そう言っている内に、和吉は回れ右して、羽黒に駆け寄った。何をするのかと思えば、羽黒の手に夜色の幻想を握らせたのだ。時計の針が高速に逆回転し、何周したかも分からないところで、12時を指して止まった。それに合わせて羽黒は突然目を見開き、すっくと立ち上がった。

「げっ、まさか復活した?」

 身構える頼人と花凛を余所に、羽黒はただ呆然と立ち尽くしているだけだった。

「こっちだよ、はぐろん。わちきが和吉だよ」

 声に反応して、羽黒は機微に首を動かした。

「そうそう。ばっちりだね。そんじゃこれからわちきがしつけするから付いてくるんだよ?」

 羽黒は黙ったまま大きく頷いた。その瞬間、和吉と羽黒は何の前触れもなく消え去った。頼人たちは棒立ちになり、羽黒と和吉がいた場所を見つめたままでいた。

「何したんだ、和吉は……」

「分かんないけど、この消え方したら、もう近くにいないはず。ほっとけばいいわ」

 花凛は中年の親父のような声を出しながらストレッチをし始めた。

「はあーあっ……と。これで目的は達成ね。あとは帰って紅蓮ちゃんに魂を戻すだけね」

「そうだな……いや、なんか忘れてるような……」

 頼人が思い出そうと首を傾げていると、如意棒が突っ込みを入れてくれた。

「なーんで忘れちゃうかな。三福をまだ倒してないでしょ。花凛ちゃん、三福がいた場所に戻んなきゃ」

「あーそうだったわね。あの像、三福のだったわね。頼人、一緒に三福のとこに行くわよ」

「お、おう」

 2人はもはや見る影もない廊下を進んでいき、三福のいた書斎を目指す。邪魔するものが何もないおかげですんなりと書斎に着いた。仁王像の形に開いている穴を通り、中に入ると三福がいた。いたにはいたが、すでに終わっていた。顔面が腫れ上がった三福は、ブロンドの髪を揺らめかせる美少女に縄で縛られている最中だった。

「あら、ちょうど良い所に。ご覧の通り、三福大介はこの御門杏樹が成敗いたしましたわ!」

 杏樹は高らかに宣言し、得意げな表情をした。頼人と花凛にとっては拍子抜けの出来事だったが、これ以上の戦いは体の酷使が過ぎたので、杏樹が終わらせてくれたことを喜んだ。

「親玉だっていうのに、なんだか呆気無い終わり方だ」

「こいつ自体は小物臭さ半端ないわよ。お似合いな最後だわ。杏樹、ご苦労様なんだけど、わざわざ縛るまでする必要ある?」

「抵抗の余地をなくすのは当然ではなくて? 諸悪の根源なのですから、なおさら手を抜くわけにはなりません。おや、それは……」

 杏樹は頼人が手に持つ瓶を見た。その視線を察知し、頼人は成果を話した。

「紅蓮の魂は取り返した。夜色の幻想は逃がしちゃったけど……」

「ああ、良かったですわ。魂の件は少し気がかりなことがあったので。ですが、夜色の幻想を逃がした、というのはどういうことですの?」

「羽黒は倒したんだけど、色々あって逃げられたのよ。でもそんなに心配することじゃないわ」

 杏樹の視線が花凛に移った。花凛の持つ如意棒に関心を示し、三福をほったらかして近づいてきた。

「なんだか普通ではない代物ですわね、その棒きれ」

「あー、これはピーちゃん。あたしの相棒って言ったところね」

「ピーちゃん? 要領を得ませんわね。ちょっと貸して頂ける?」

 杏樹が如意棒に触れようとした時、外からサイレン音が聞こえてきた。更に廊下から、頼人たちを呼ぶ声が聞こえた。呼び声に誘われ、頼人たちは部屋を出た。

「ここにおったか。どうやって嗅ぎつけたか知らんが警察が来ておる。気付かれる前に、さっさとずらかるぞ。目的のブツは回収できておるか?」

「魂は取り返したけど、夜色の幻想は……」

 頼人が全てを言い切る前に、はな婆はそれを悟った。

「最低限は果たしたようじゃな、よくやったわい。さあ、わしについて来い。裏から出るぞ」

 はな婆の先導で、頼人たちは慌ただしく三福邸を脱出した。蟠りを拭い切れない結末となったが、それでも頼人は紅蓮を助けることが出来て安堵していた。

 サイレン音を背に、服部の車に乗り込む。見知らぬ少女と戸張がすでに乗っていたが、気にする余裕もなかった。溜まりきった疲れが一気に押し寄せ、頼人は目を閉じていた。まどろみの中でも瓶を握る手だけは頑なだった。

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