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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
悪の館

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瞳に映るものは

「おーい、よーりとー!」

 花凛の声が遠くから聞こえたかと思うと、姿がすぐ目の前まで迫っていた。その後ろには物騒な像が鬼のような形相で追いかけてきていて、頼人はその気迫にぎょっとした。

 油断した隙に、羽黒が光の剣を鎌で払い落とし、丸腰になった頼人を切りつけようと構えた。だが、そんな攻防をなかったことにするように、花凛が羽黒の後頭部に飛び蹴りを食らわせ、その勢いのまま頼人の手を取って走りだした。

「助かった……ありがとう、花凛。それで、何なんだあれ?」

「死ぬほど硬い仏像。殴られると痛いわよ」

 頼人が振り返ると、羽黒のいるところまで仁王像は来ていた。羽黒を巻き込むのかと思いきや、寸前で急停止した。

「止まったみたいだ。このまま逃げるのか?」

「そうね……あんまり悠長にやってられないし、頼人もいるから勝てるかも」

 花凛が足を止めるのに合わせて頼人も止まった。

「2対2だから、うーんと……んじゃ、頼人があの仏像やって」

「いや、俺は羽黒をやる。だから、花凛はあれを邪魔になんないとこに連れてってくれ」

 頼人は羽黒を倒すことに意地になっていた。強い思いがあるからこその発言だったが、花凛はそれを一蹴した。

「無理。あたしじゃどうにも出来ないから逃げてきたのよ? 頼人の光の力なら、あれ倒せるかもしれないんだから、変なプライド捨ててそっちを優先してくんない?」

「変ってなんだよ。あいつに紅蓮がやられたんだぞ。俺は紅蓮の仇を取りたいんだ」

 頼人の熱っぽい言い方に、花凛は鼻で笑って返した。

「あのさあ、現実見て戦ってる? あんた紅蓮ちゃんのことで頭いっぱいになってるわよ。戦いは強い思いだけじゃ勝てないのよ、バカ」

 花凛が頼人の額にデコピンした。かなりの威力に頼人は顔をしかめた。続け様に花凛は頼人の肩を引き込んで耳元でこう言った。

「冷静になりなさい。この戦いはあんたの独りよがりの復讐じゃないのよ。あたしたち、みんなの戦いなんだから」

 耳元だというのに、声量を抑えない花凛の言葉は頼人の脳の奥深くにまで嫌というほど響いた。そのせいか、憎悪が蓄えられた感情の器がひっくり返り、頭の中が急激に冷やされた。器を元に戻した後、新たな感情を注いでくれたのも花凛だった。

「いつも通りでいいのよ。出来ないことをカバーし合って、ごめんとありがとで済まして、やったねで終わる。柄にもないことやって、良い結果が出たためしなんてないでしょ」

「……そりゃあ、そうだな。花凛が必死に勉強したところで、赤点回避できるくらいしか点数取れないし。気がどうかしてた、ごめん」

 頼人は平常心に戻った。花凛に感謝の意味を込めて謝ると、花凛はニヤけているとも言えない微妙な顔をした。

「あたしのことを引き合いに出す必要ある? ていうかそれで納得されるのなんかイヤなんだけど」

「楽しくお喋りしてる暇はないぞ。ほら、羽黒も仏像もこっち来てる」

「あ、ホントだ。あんま具体的に作戦考えてないけど、どうしよ……」

「花凛の言った通り、相手交代で戦ってみよう。それでキツかったら、また考えればいいさ」

 頼人は拳に光を携えて、走りだした。両目は羽黒と仁王像を捉えて、彼らの動きが良く見えていた。

羽黒が鎌を投げてきたが、光る拳で弾いてそのまま突っ込んだ。今度は羽黒自身が立ちふさがろうとした。手元には既に大鎌が戻っており、それで頼人を掻き切ろうとする。そこに花凛が颯爽と飛び込み、羽黒の攻撃を止めた。

「頼人、ダメっぽかったらすぐ言ってね。一応、奥の手があるから」

 花凛は羽黒を果敢に殴りながら、そう呼びかけた。

「分かった。そっちも気をつけろよな」

 羽黒と花凛を横目に、仁王像に向かう。仁王像は頼人を標的とみなしたようで、まさに仁王立ちで待ち構えていた。その威圧感に圧倒されそうになりながらも、頼人は拳に溜めた光を撃ち出した。

 光の弾丸は仁王像の顔に命中した。しかし、命中すると同時に塊だった光は細かく拡散して跳ね返されてしまった。仁王像には効いた様子はなかった。だが跳ね返された光は羽黒と花凛にまで届き、2人の戦いを妨げるものとなった。

 弱いながらも光の攻撃を受けた羽黒は、攻撃の手が緩んだ。当たらなかった花凛には千載一遇の好機が訪れた。羽黒を掴んで遠くへ投げ飛ばすと、一度頼人の元へ向かった。

「何が起きたの? 仏像に攻撃したんでしょ?」

「攻撃したけど跳ね返された。こいつ、光の理効かないんじゃないか?」

「光を反射ねえ……ホントにダイヤで出来てるみたい。頼人でもダメとなると、ちょっと面倒なことになりそうだわ」

 仁王像が動き出した。頼人と花凛に向かって素早く腕を振り下ろす。それに瞬時に反応した花凛は頼人を片腕で抱え込みながら、回避した。理の力で体を補強していない頼人にとって、仁王像の物理的な攻撃は全て致命傷になり得た。ただ、その攻撃に理が混じっているのなら、それに打ち勝てる属性の理を使えば軽減できる。その理屈の延長線上には、仁王像そのものが理で出来ているなら、弱点の属性で叩けば苦もなく倒せるという答えがある。冷静さを取り戻した頼人はみっともなく抱えられながら、それに気付いた。

 仁王像の激しい連撃に下ろされる間もなく、頼人はじっと仁王像を見ていた。ストーンホルダーを開き、源石を取り出そうとするが、ちょうど回避のタイミングだったために、開いた途端に石が散らばり落ちてしまった。僅かに残っていた石の中には目当ての色の石がなかった。

「花凛、石をくれ。風の石」

「両手塞がってるし、そんな余裕ない」

 頼人を持つ腕の反対には棒きれが握られている。それが何なのか頼人は推し量ることも出来ないが、今はそれよりも源石を手にしなければならない。回避の邪魔にならないように機を見計らい、花凛の腰に手を回して、ストーンホルダーをまさぐった。何度か石を確かめて、必要としていた風の源石を手にできた。頼人はありったけの風の理を取り込み、仁王像に目掛けて射出した。

 旋風が仁王像の体を襲う。仁王像はゆっくりと後ろに仰け反った。追い打ちとばかりに二度三度と風を射出すると、巨像は抗えなくなり倒れていった。

 立ち上がれなくなった仁王像を見て、花凛は頼人を下ろした。

「これで簡単に倒れんのね。こいつからしたら、そよ風程度のもんじゃないのかな」

「ダイヤの体ってことは土の理で出来てるってことなんだろ。弱点を突かれれば、そりゃ耐えられないよ。壊すまでにはいかなかったみたいだけど」

 頼人はあまり風が得意ではなかった。それも影響してか、属性が優位であったにもかかわらず、倒す程度に留まってしまったのだ。たが、風の力は確実に仁王像に効いており、倒れてからはもがくだけで起き上がれなくなったようだ。

「しばらくはほっといても大丈夫そうね。なんならまた風ぶつければいいし」

「じゃあ、後は羽黒だけか……」

 2人は仁王像に背を向けて、廊下の奥に漂う闇を睨んだ。闇は壁を伝い、此方まで伸びてきた。辺りは不気味な暗さに陥り、冷たい空気が肌に張り付いた。

「羽黒のやつ、本気アピールでもしてんの? 流石に2対1じゃ負けないわ」

「そうだな。今度こそ、ちゃんと戦える」

 頼人は強く温かい光の剣を発現した。その光を消し潰すかのように、羽黒の影像が浮かんできた。

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