相棒
声は確かに聞こえた。だが、姿はどこにも見えない。
「誰かいるの? どこ?」
「いるよ、真ん前に。こっち来なよ」
「はあ? 影も形もないんですけど。冗談はいいから姿見せなさいよ」
「鈍いなあ。ここだよ、このガラスケースの中」
正面には確かにガラスケースがあった。それに守られて鎮座していたのは、古びた棒切れだった。花凛は訝しみながらも、それに近づいた。
「そうそう。へえ、近くで見るとなかなか可愛い子だね。こんな子に声が届くなんてラッキーなのかも。ほら、早く僕をここから出してよ」
花凛は声を無視してケースの中を隅々まで眺めた。いない。妖怪の類かと思ったがそれと思しき姿はなかった。
「何もいないじゃん。からかってんなら怒るよ? さっさと出てきなさい」
「だーかーら! いるってば、ここに! このスレンダーなフォルムのナイスガイ、如意棒様がさっきから話してんの!」
「へ? この汚い棒が喋ってんの? ていうか如意棒?」
如意棒を自称する棒きれをまじまじと見た。如意棒とは思えない汚さの棒が実にフランクな話し方で花凛を捕まえてきたのだ。何一つとして信じられなかった。
「なんで喋れるの? ただの棒でしょ?」
「だって如意棒だもの。人智を越えるのは当然だよ?」
「なんかウザ……」
ますます信用が薄れていった。弄ばれているような気さえしてきた。
「そんなことよりさあ、力、欲しいと思わないの? 僕を使ってくれれば間違いなく世界最強になれるよ。保証するよ? ねえねえ? 僕もこんなとこから出たいんだよ。頼むからイエス、アイウォントって言ってくれない? ねえねえねえ?」
「イヤ」
「ん? イヤ……? あー、イェア! ネイティブだねえ。英語得意なのかな? じゃあ早速出してちょーだい」
「ポジティブね、あんた。ノーって言ってんのよ」
「そんなこと言ってる余裕があるのかい、花凛ちゃん?」
名前を呼ばれて思わず「え?」と声が漏れた。
「なんで、あたしの名前を……」
言葉を遮ったのは大きな揺れだった。屋敷全体が激しく動いているように揺れ、扉を塞いでいた棚が倒れるだけでなく、部屋の物全てが例外なく崩れていった。勿論、花凛も尻もちを付いて動けなくなった。
「なんなのよ、急に!」
矢継ぎ早に災難は続いた。扉が破られて、比良が入ってきた。
「最悪! くっそお、どうすれば……」
「花凛ちゃん、僕を使いなって」
花凛は足元を見た。揺れによって倒れたガラスケースから、如意棒が出てきていた。花凛を誘惑するかのように手元まで転がってきて甘い言葉を吐いた。
「花凛ちゃんの力と僕の力、これが合わされば、あんなの一撃でぶちのめせるよ。気持ちいいだろうなあ、爽快だろうなあ」
最後まで信用は出来なかった。だが、自分1人では比良に太刀打ちできないのも事実。逃げ道もないこの状況を打破するには、不本意ながら自称如意棒に賭けるしかなかった。花凛は如意棒を手に取った。
「待ってました! うおっ、やっぱり思ってた通りだ。元気になってきちゃったよ!」
「なにこれ、力が流れ込んでくる。これ、土の理?」
如意棒からは熱の篭った土の理が止めどなく流れてきていた。明らかに源石の比ではない、凄まじい熱量だった。
「ふふふ、完璧だね。相性バツグンだよ。さあ花凛ちゃん、僕の先っちょをあいつに向けて! そんでしっかり握ってて!」
「え、えっと、こう?」
如意棒を両手でしっかり握り、先端を比良に向けた。すると、如意棒は凄まじい早さで伸び、比良の胸を突いた。植物の鎧は容易く破られ、比良の肉体にその強大な力が届いた。留まることなく伸び続ける如意棒は比良を部屋から突き出し、壁に衝突させた。それでも治まらず、遂には壁を突き抜けて、比良は外に投げ出されてしまった。
「ヤバすぎ……なんなのあんた……」
元のサイズに戻った如意棒を見て、花凛は呟いた。
「言ったじゃん、如意棒だって。どう? ご満足いただけた?」
「ご満足いただいたわ。疑ってごめん」
「ふっふー、ノリ良くなってきたね! この調子で悪い奴バンバンぶっ飛ばしていこう! まずは僕をこんなとこに閉じ込めたヒゲデブからだ!」
「ヒゲデブって三福のことね。よっしゃ、思わぬとこで心強い仲間が出来たわ。ガンガン行くわよ、ピーちゃん」
「ピーちゃん……? それってもしかして、僕のこと言ってるの?」
花凛は満面の笑みを如意棒に向けて、頷いた。
「如意棒なんてダサい名前より、百倍可愛いでしょ。これからあんたはピーちゃんよ。へへっ、こりゃ負ける気がしないわ」
「ちょ、ちょっと、ピーちゃんって酷くない? 僕、如意棒だよ? もう少し敬意を払ったあだ名にだね……」
如意棒の文句などに耳を貸さなかった。花凛は強力な力を手にしたことに昂揚していた。もう相手が誰であろうと、負ける気がしなかったのだ。意気揚々と邸内を闊歩し、三福の居所まで進んでいった。




