三福邸、突入
都会の喧騒から離れ、田畑と自然がほとんどを占めるような地域に着いた。木々に挟まれたなだらかな上り坂を越えた先に、彼らの根城があった。
頑強な格子に囲まれたその屋敷は西洋風の様式で、越山町の一般的な住宅と比べても、圧倒的に異質であった。
「市議員が持つにしては大きい別荘だね。まあ、如何にもボスが待ってますよって感じがして嫌いじゃないけど」
服部は固く閉じた門の前で屋敷をしげしげと眺めながら言った。
「僕の仕事はここまでだね。後は専門家たちに任せるよ」
「ご苦労じゃったな、服部。さて、それじゃあ手筈通りにいくかのう。花凛、準備は出来とるか?」
はな婆が聞くと、花凛は力強く応えた。
「うん、万全だよ!」
「頼もしい返事じゃ。では、行ってくるのじゃ」
「はーい。そっちも上手くやってよね」
ウインクをして余裕を見せると、一人門から離れ、道なき林の中へと走っていった。
「次はわしらの番じゃな。どれ、この門は開くかのう」
はな婆は袖から小さな紙片をばら撒くように投げた。紙片は立体的に着地すると、切り込みを入れられた接地部を足のように動かして、門の前に整列した。引き戸式の門を腕の代替部が掴んで一斉に押すと、門は横にゆっくり動いていった。
「セキュリティが甘いですわね。誘い込まれてるような気がしてきてしまいます」
「だとしても何も問題ない。どんな罠が待ち構えていようと、全て排除するだけさ」
戸張はそう言って完全に開いた門を、潜って敷地の中に入った。その後をはな婆、頼人、和吉を抱えた杏樹が続いていった。
「長永くん、少し宜しいですか?」
杏樹の声に頼人は振り向いた。神妙な顔の杏樹の下で、膨れっ面の和吉が気になったが、話しかけてきた杏樹に視線を合わせた。
「どうしたの?」
「……やはりそうですわ。長永くん、気を張りすぎています。お顔が怖くなっていますもの」
「当然だよ。もうすぐ羽黒と戦うんだから緊張もするし、それに紅蓮を酷い目に遭わせたあいつを許せない気持ちが強くなってる気がする」
言葉の通り、頼人は緊張感と怒りによって沸き上がった闘志が混ざった複雑な感情の中に身を置いていた。それが知らず知らずの内に顔に出てしまっていたようだが、別段問題があるとは思えなかった。しかし、目の前にいる杏樹は普段は見せない不安で、悲しい表情をして頼人を見ていた。
「それでは駄目です。そんなの長永くんには合いません。どうか、いつもの優しい長永くんに戻ってくださいまし」
「心配してくれてありがとう。でも、この感覚は保っていたいんだ。だから、ごめん」
杏樹の顔はより暗くなってしまった。頼人も流石にこれは不味いと思い、一言付け加えた。
「全部終わったらいつもの俺に戻るから、そしたら御門さんの前でいっぱい笑うよ、ね?」
「長永くん……」
杏樹は持ち直したようだが、少し涙目になっていた。そして、何か言いたげに口を動かしていた。そこから絞りだすようにして言葉が出てきた。
「あの、わたくし……」
「ねえねえまだ遊んでくれないの―? あんみつはー? ねえねえねえ?」
杏樹の言葉を和吉が遮った。腕の中で暴れる和吉に、杏樹はいつもの調子に戻されていた。
「はいはい、もうすぐですから大人しくしてくださいな。まったく、空気を読めない子ですこと」
和吉は退屈そうな顔で抗議したが、あやすことで機嫌を誤魔化した。しかし、あやすことに注力しなくてはならなくなり、杏樹は自らの思いを告げることが出来ずに終わってしまったのだった。
一人早々に屋敷の入り口へ到達した戸張に頼人たちは追いついてきた。ここまで来ると、一人を除いて全員が相応の緊張感を宿していた。
「まずはわしが先陣を切ろう。皆は後ろからしっかり付いてくるのじゃぞ」
はな婆が扉の前に立った。頼人たちもすぐに戦闘に入れる体勢を取り、開くのを待った。はな婆は扉を素早く開けて侵入していった。頼人たちは雪崩れ込むようにして、はな婆に続いた。
屋敷の内部に入った頼人たちは、高まった緊張感と勢いを早速殺されてしまった。立ち止まるはな婆の目の前に、掃除機を持った若い女性がいたのだ。使用人と思しきその女性は混乱した様子を見せながら、冷静を保とうとしている口調で言った。
「あ、あのう、お客様でございますか?」
「違うわい。三福と羽黒はどこにおるのじゃ」
はな婆は恐ろしく正直な返しをした。それが女性をますます混乱に陥れた。
「はえ? ち、違うのですか……ど、どうしよう、こういう時の対応なんて教わってないよ……」
女性が掃除機を握りしめながらあたふたとしていると、屋敷の奥の扉が開き、中年の女性が現れた。
「垂葉さん、次はお風呂の掃除を……おや?」
「メイド長さん! あの、お客様がいらっしゃって……いや、お客様じゃなかった。えーっと、皆さんは何様でございますでしょうか?」
垂葉と呼ばれた女性は必死に笑顔を作って聞いてきた。はな婆は大きな溜息を吐いた後、垂葉を無視してメイド長に話しかけた。
「三福と羽黒はどこじゃ。わしらはあやつらに用がある」
「やはりそうか。正面から堂々と入ってくるとは予想もしていなかったが、好都合だ」
メイド長は指を鳴らした。すると、四方にある扉という扉から次々とメイド姿の女性がやってきた。彼女たちは箒、フライパン、ティーポットなど武器と言うには心許ない得物を構えながら、瞬く間に頼人たちを取り囲んだ。
「ひええ、な、なんなんですか! 皆さんどうしちゃったんですか?」
メイドの中で垂葉だけは輪に加わらずに戸惑っていた。だが彼女の存在を気にする者はこの場にいなかった。
「とりあえず作戦は成功しそうだ。ここで派手に暴れて注意を引きつけよう」
「了解ですわ。雑兵といえど数が多いですから、気を抜くことは無いようにいたしましょう。さあ和吉さん、存分に遊びましょう」
杏樹は屈んで和吉を下ろした。和吉は開放されるや否や、ぐるりと杏樹の方に向いた。
「あら、どうしたんですの? 遊び相手なら、あのメイドの方々が……」
和吉と目線を合わせていた杏樹の顔に飛沫が掛かった。
「きゃあ! 何をするんですの、あなたは!」
「杏樹、遊んでおる場合か! こやつらが本性を現したぞ!」
杏樹はべたつく顔面をハンカチで拭くことで手一杯だった。そのため、メイドたちが突然二足歩行の猫に変化したことに気づけずにいた。
「こいつら、妖怪だったのか」
「人間でないなら、手加減する必要もないね。害獣駆除といこう」
戸張は鍵を乱れ打ち、猫の妖怪、化け猫を倒していった。頼人とはな婆も理を射出し、襲いかかる化け猫を撃退していった。こうして、三福との全面対決は人と妖怪が入り乱れる大乱闘から始まったのだった。




