あんみつ欲情
「三福と羽黒は共に行動している。奴らは今、越山町にある三福の別荘にいる」
その情報がもたらされて数日、頼人たちは越山町に向かう支度をしていた。はな婆の対策も済み、羽黒との戦いにも備えが出来ていた。
頼人と花凛は社務所の中で、源石の仕分けを行っていた。
「ねえ、頼人。どう思う?」
黙々としていた最中、花凛が不意に口を開いた。
「いきなりなんだ? 何がどう思うんだ?」
「あれよ、あれ。自律理源のこと。あたしもあれ欲しいなあって思ったのよ。頼人はどう?」
「別にいらない。パーソナルで充分だし、これ以上使えるものがあっても頭がこんがらがるだけだ」
「切り札は多い方がいいと思うけどなー。あーあ、どっかにすごく強くて便利な自律理源落ちてないかなあ」
花凛は大きな伸びをして、そのまま体を後ろに倒した。ちょうどその時、部屋に杏樹が入ってきた。
「長永くん、花凛さん、準備は終わりまして?」
「あとちょっと。催促しに来たの?」
「違いますわ。お茶でもどうかと思いまして」
杏樹は手提げ袋を机の上に置いた。
「なになに、お菓子?」
「ええ。あんみつを買ってきましたの。どうぞ召し上がってください」
頼人と花凛の前に綺麗な包装で包まれた容器が差し出された。二人とも、源石を横に追いやって、休息に入ることにした。
「これ、結構有名なとこのあんみつだ。食べるの初めてだよ。御門さん、いただきます」
「うふふ、あんみつにとても合うお茶を持ってきましたので、そちらもご用意……」
「わー! あんみつだ! あんみつあんみつ!」
嬉々とした声が杏樹の言葉を遮り、そして、三人の衆目を机の上に集めた。
「和吉ちゃん?! いきなり出てこないでよ、びっくりするじゃない……ってちょっと!」
「あひゃひゃ、あんみつあんみつー」
和吉は満面の笑みを浮かべ、花凛の手からあんみつを掻っ攫った。そして、指ではしたなく掬い、瞬く間に平らげてしまった。
「なー! あたしのあんみつー!」
悲鳴のような叫び声を上げたが、花凛の元には空になった容器が戻ってきただけだった。花凛の悲しみも露知らず、和吉は頼人のあんみつに食いかかろうとしていた。
きらきらと目を輝かせて迫り来る和吉を見て、頼人は微笑ましく思えてしまった。妖怪といえども子供なのだ。その純粋さに頼人は和んでしまった。
「そんなにがっつかなくてもあげるから。ほら、行儀良くしないと食べさせてやらないぞ?」
「食べさせてくれるの? わかったわかった! ぎょーぎよくね!」
和吉は頼人の膝に飛び込んだ。姿勢をぐるりと机に向けると、頼人が口に運んでくれるのを顔を上げて待っていた。
「そうそう。良い子だぞ、和吉。じゃあ、あーんってしてみ?」
「あーん……」
体勢的に食べさせづらかったが、和吉の顔を覗きこむようにして、あんみつを食べさせた。その表情といったら、本当に子供のように嬉しそうで可愛らしいものだった。
「はあ、頼人は子供に甘いわねえ。この子がやってることは泥棒と一緒なのよ?」
「まあいいじゃん。こんなに美味そうに食べるんだから、それで許してやってよ。なあ和吉、あんみつ好きか?」
頼人は和吉の口にあんみつを運びながら尋ねた。
「うん! あんみつはね、わちきの一番好きな食べ物なんだよ!」
「おおそうか、一番なのか。それなら食べたくなっても仕方ないな」
頼人は手を休めずに和吉に給餌し続けた。その一口一口に和みながら、与えていったが、癒やしの時間はすぐに終わりを迎えてしまった。
「はい、これで最後な」
「……あむぅ……ふわあ、おいしかった! ごちそうさま!」
和吉は満面の笑みを頼人に向けた。頼人はそれに答えるように、和吉の頭を優しく撫でた。
「よしよし、行儀良かったな」
「せっかく杏樹が持ってきてくれたのに、勿体無いなあ」
花凛は恨めしく和吉を見た。ただ、花凛も頼人と同じ気持ちを抱いていたので、心の底から憎むことが出来なかった。
和む頼人と花凛を余所に、杏樹はあんみつの入った袋を確保しながら、和吉を凝視して思考を巡らせていた。頼人に食べてもらいたかったあんみつを、礼儀を知らない妖怪に奪われてしまったことに腹が立っていた。だが、その怒りは一瞬にして、名案を思いついた自分への賞賛に移り変わった。杏樹はほくそ笑み、和吉に話しかけた。
「あんみつ、もっと食べたくありません?」
「食べたい食べたい!」
「うふふ、そうですか。では差し上げましょう……」
袋の中からあんみつを取り出し、わざとらしく和吉に見せびらかした。和吉が頼人の膝から飛び出しそうになっている様子から、杏樹は自分の考えが間違っていないことを確信した。
あんみつを和吉の前でちらつかせると、我慢が利かずに身を乗り出してきた。杏樹は和吉の頭を抑えて制止させた。
「くれるんじゃないの? 早くちょーだいよ!」
「まだ駄目ですわ。こういう物は適度な運動をしてからの方が美味しく感じられるものです。ですから、一緒に遊んでから、あんみつを食べましょう?」
和吉の目がまた一層の輝きを宿した。
「遊んでくれるの? やったやった!」
「ええ、遊びましょう。ですが、どんな遊びをするかはわたくしに任せていただきますわ」
「うん、わかった! じゃあ遊ぼ遊ぼ!」
「では、とっておきの遊び場に案内しますから、わたくしに付いて来てくださいまし」
「はいはーい!」
杏樹が手を離すと、和吉は素早く杏樹の後ろに回りこみ、背中によじ登ってきた。行動の迅速さに杏樹は少し肝を抜かれたが、大方懐柔に成功したと言える結果だった。
「ちょっと杏樹、あたしたち遊んでる暇なんてないんだけど」
「わたくしたちは三福の別荘に行く、これを少し言い換えれば遊びと言っても過言ではないでしょう?」
「和吉ちゃんを連れて行くつもりなの? なんでよ?」
「戦力は多いに越したことはありませんもの。まあ、この子の操縦はお任せくださいな。絶対に足を引っ張らせるようなことはしませんので」
杏樹は花凛と頼人を交互に見て、反応を窺った。花凛は渋い顔をしていたが、頼人の方はすんなりと受け入れた。
「御門さんには何か考えがあるんだね。それなら、俺たちから口を出すことはない。な、花凛?」
「むぅ、この子が言うことを聞いてくれるとは思えないけど……責任は全部、杏樹が取ってよね」
「大丈夫ですわ。あんみつがある限り、この子はわたくしに従う他ありませんもの。ふふふ……」
杏樹の笑いに、言い得ぬ不安を覚える花凛だったが、越山町へ行く時間はすぐそこに来ていた。頼人たちを呼びに来た服部に従い、一同は神社の前に停めてある車に乗り込んでいった。




