鍵の本領
分かりやすく「三福大介」の名を全面に出した事務所には不自然に明かりが点いていなかった。中を覗き込んでも人影一つなかったが、それが引き下がる理由にはならない。ドアノブを回して入ろうとするが、当然鍵が掛かっていた。
「やっぱり開いてないね。どうしようかな、窓を割って入るかい?」
冗談めいた言い方を服部はしたが、他に手段らしいものはないように思えた。だが、戸張は服部を押し退けてドアの前に来た。
「そんな物騒なことしなくても僕が開ける」
そう言って腰に下げていた鍵束から一つ取り、鍵穴に充てがった。見た感じでは鍵が入るような大きさではないのだが、するすると入っていき軽く捻って開けてみせた。
「やはり、その鍵も普通ではありませんのね」
「まあね。それより早く中に入ろう。羽黒に繋がる情報を探すんだ」
三人は事務所の中に入っていった。外から見た通り、内部には人はいないようだった。
「誰もいないとなると、情報を得る方法は限られるね」
「三福のデスクを調べてみましょう。何か手がかりが残っているかもしれませんわ」
部屋の奥へと進んでいこうとした時、突然、事務所の明かりが点いた。
「もう嗅ぎつけてきましたか。羽黒の言っていた通り、優秀な理使いがいるようですね」
背後を振り返ると、そこには事務所の人間らしいパンツスーツを身に纏った女性が立っていた。
「三福の手の者のようだ。これで話が早く済みそう」
「あれを捕らえて貴方のパーソナルを使えば良い、ということですわね。ただ、ここで待ち伏せていた意味を考えれば、簡単にはいかないようですけれど」
女は赤いメダルを1枚取り出した。彼女が理を使うことに今更驚きを得るはずもなかった。
「早速僕はお荷物みたいだね。悪いけど、君たちに任せるよ」
服部は後退し、邪魔にならない位置に避難した。数の有利が取れている戦いのため、一見すれば杏樹たちの勝利は濃厚だった。特に杏樹はそう思っていた。それ故に、この機会を利用して戸張の力を観察したいと考えた。
「戸張くん、わたくしフェアでない戦いは好きでないんですの。だから……」
「そういう建前はいいよ。僕の力を見たいんだろ? 君も後ろで見てていいよ」
当然、見抜かれていた。だが、義理立ては済んだので杏樹も遠慮なく下がった。
「もし苦戦するようでしたら、手をお貸ししますわ。そうならないことを祈りますけれど」
「大丈夫だよ。なんなら一部始終全て解説でもしながら戦おうか?」
舐めた態度は女を刺激した。よそ見で話し込む杏樹たちに、躊躇うことなく攻撃を開始してきた。
女の足元から炎を纏った犬のような生物が現れた。炎の犬は全速力で戸張に駆けてきた。
「戸張くん、うしろうしろ!」
服部の声で女の方に向き直った戸張だったが、犬は既に足元まで来ていた。戸張の首目掛けて飛びかかってきたが、戸張は鍵束から早撃ちのごとく鍵を飛ばした。犬の側頭部に鍵が直撃すると、犬は幻だったかのように消えてしまった。
「これは僕の鍵が犬に宿ってた理の力を閉じたことで、維持が不可能になって消えたってかんじ」
戸張は余裕な様子で杏樹に説明をした。そうする間にも、女がまた炎の犬を呼び出してきた。今度は1体だけではなく数体に及ぶものだった。
「あの女のパーソナルは召喚系のようだ。あんなふうに生命体を象った理を発現させて、意思があるかのような動きで攻撃してくる」
「あら、ではわたくしのパーソナルも召喚ですわ。あのような下等生物ではなく、言うことも役割も忠実にこなす有能な子ですの」
「召喚は理使いが成長すると、強化が如実に示される。君がまだ発展途上だ。その子も今より凄くなる可能性があるよ」
戸張は淡々と言いながら、鍵を正確に投げつけていく。犬たちはその一撃で簡単に消滅していった。それでもまだ出てくる犬たちを、戸張は的当てでもするかの感覚で仕留めていく。
「その鍵の力もパーソナルの一部なんですの?」
「いや、これは自律理源の力。この『血吸いの銀鐶』が作り出す鍵が封印の力を持っている」
杏樹は戸張の腰にぶら下がっている鍵束を見た。そこから鍵を取り外して投げるというのを何度も繰り返しているのだが、投げる内に鍵はその鐶から生えるように出てきて尽きることはなかった。それだけでもこれが自律理源という物だと理解できた。
「こいつは使用者の心の理を吸い取って、自身の持つ土の理と混ぜて鍵を作ってくれる。ベースは土の属性だけど、核が心の属性だから、属性間の相性はほとんど無視できる」
「心の力が、理を消し去る力を持っているということでしょうか?」
「うーん……色々と違う。理を消し去るんではなく、封じているんだ。そして、心の理にはそんな力はない。この力は『銀鐶』に備わっているものだ」
「ふむふむ、それが自律理源の持つ力と……面白い代物ですわねえ。わたくしも欲しくなってしまいましたわ」
「手に入れたところで、使いこなせるかは分からないよ。こいつらはただの道具じゃないからね」
会話をしている間に、女の攻撃は治まっていた。戸張は肩で息をする女を見て、勝負が着いたことを確かに感じた。
「だいたい僕の力も披露しきったからちょうど良い。最後に1つ、僕と銀鐶の本領とも言うべき能力を見せよう」
逃げようとする女の足に鍵を打ち込んだ。すると、女は足をもつれさせて倒れこんだ。
「動かない……どうして?!」
「身体機能に鍵を掛けたから、どう足掻いても動きやしないよ。さて、御門さん、僕のパーソナルってなんだったか覚えてる?」
「鍵穴が見える、とかいう能力でしたわね。そこから記憶を覗くことが出来るのでしょう?」
「その通り。だけど、覗けるのは鍵穴からだけ。だから、このパーソナルだけでは全てを見ることは不可能なんだ。そこで、この鍵だ。この鍵を鍵穴に差し込み、回す」
戸張は女の額に鍵を充てがった。鍵は皮膚の中に沈み込んでいき、深く刺さっていった。そして鍵を軽く捻ると、同時に女の瞳孔は開いて動かなくなった。
「何をしたんですの?」
「鍵穴の先、扉が開かれた。これで、この女の記憶を全て見ることが出来るようになったんだ」
「パーソナルと自律理源が噛み合った技、ということなんですのね。なるほどなるほど、色々と勉強になりましたわ」
「それじゃあ僕は羽黒と三福に繋がる記憶を探すから、適当に待ってて」
戸張はそう言って、女の額から何かを読み解くように目を走らせていった。
自律理源という物が如何に優れているのかということをまざまざと見せつけられた杏樹は、相対せねばならぬ羽黒への警戒が強まっていた。羽黒の持つ自律理源とパーソナルが、自分の力を上回るのならば、と不安が過ぎった。はな婆の対策が通用することを祈り、そして自身のパーソナルの一層の強化を誓うのだった。




