決戦の背後で
体を貫く悪意の波動を感じた。
一瞬にしてそれは過ぎていったが、残留する悪意を戸張は視認した。悪意がやってきた方に目を向けると、小高い丘から悪意が発生しているのを見つけた。しかし、ほどなくして悪意は薄らいでいき、その気配を完全に消していった。
羽黒の情報を探していた戸張は、この異変に羽黒が関わっているのではと思い、丘に向かった。
丘の上には大きな化け物のようなケヤキが立っていた。その下では厳しい顔をした老婆と、毅然とした立ち姿の女性が向かい合っていた。
「その態度がますます気に食わん! 自分が選ばれし者だとでも思っておるのか!」
「自分を特別視しているつもりはないですよ。ボクにはボクの使命がある。それを全うしているだけです。あなたも同じです。あなたが成すべきこと、あなたの役目……必ずあるはずですから。そして、そこにいるキミにもね」
女性は視線を戸張に向けた。敵意を向けられているわけではないのに、強い輝きを放つその瞳に戸張は少し威圧された。
「なんじゃおぬしは? 新手の理使いか?」
「あ、あなたたちこそ何者だ。悪意をばら撒いたのはあなたたちなのか?」
「二人とも、そんなに警戒しなくていいよ。ボクたちは敵対しえない関係だ。だけど、まだ重なり合うには早過ぎる」
女性は風に舞う羽のように軽く浮き上がり、オバケケヤキのやせ細った枝に降り立った。
「ここで油を売っていてはいけないよ。やるべきことがあるはずだ。闇を纏う者、闇に誑かされた者。彼らは同じ旗の下で動いているようだ。急いだほうが良い。キミが求める者はあの子たちの首を狙っている」
「あなたは羽黒を知って……え?」
戸張の疑問に答える間もなく、女性は唐突に姿を消した。戸張は謎の女性の言葉に困惑していた。数々のキーワードを解き明かそうとしながら、女性がいた場所を見上げ続けていたが、はな婆の大きな独り言が戸張を振り向かせた。
「まったく、無駄足をさせおってからに。おまけに訳のわからんことをべちゃくちゃと……さあてと、ここからもうひとっ走りじゃな。頼人たちの所へ行かねばのう」
「頼人……長永の知り合い?」
「なんじゃ、おぬしも頼人のことを知っておるのか。頼人はわしの弟子じゃ。他にも花凛とか杏樹とかおるが。まあそんなことより、頼人たちは今、強盗団のアジトに向かっておるのじゃ。わしもそれに追いつかねばならんのじゃよ」
戸張ははな婆の言葉でようやくあの女性の真意を理解できた。
「そうか! お婆さん、長永たちはどこに行ったんですか?」
「えっーと、確か石堂石材店という店じゃったかな。場所は確か……」
戸張ははな婆からその場所を聞き出すと、礼も言わずに走っていった。
急ぐ必要がある。あの女性が言っていることが本当なら、長永たちの前に羽黒が現れるはずだ。羽黒の凶行を止めねばならない。そして取り返さねばならない、師匠の形見を。




