決戦の裏で
ウィッチがその結論に至るまで、さほどの時間は必要なかった。
花凛の力量をのぞき見た時点では楽観視していた部分があったが、紅蓮の力を直接肌で感じたことで自分の見立ての甘さを悔いた。そして、ロックからの一報がウィッチをこの戦いから退かせた。
「あの店に最近、刑事が来ているようだ。何を嗅ぎつけたのやら、少々厄介だ」
ウィッチを除いて、彼らは警察にバレたことを警戒していた。そして、彼らはもし警察が来ても、地下にあるアジトまでは辿り着かないだろうと考えた。一応、店の中にカメラを設置し、動きを見られるようにしておくことになった。
ウィッチはこの集団が半壊していることを悟った。おそらく自分が招いた部分もあるだろうが、既にターゲットを確保するという役割を全う出来るほどのシステムは持っていなかった。こうして理を持たない警察にすら後手に回らなくならざるを得ない状況に陥り、更にはターゲットである少年たちにさえこのアジトを突き止められる可能性を考えなければならなくなると、敗北という結末しか見えなかった。
沈む船に用はなし、と逃げ出すことを決意したが、タダで逃げるには惜しかった。このアジトには大金が眠っていた。それを見捨てて逃げるなど、出来るはずもなかった。この組織に入ったからには何かしらの成果が欲しい。銀行強盗によって得たその大金はおあつらえ向きの代物だった。
しかし、その大金が眠る金庫はロックが管理していた。場所は周知されているものの、金庫はロックが肌身離さず持っている鍵がなければ開かないようになっている。ただ、ウィッチは仲間には教えていない特技があった。それはピッキングである。
幸いにも金庫はピッキングの通用する鍵穴式であったため、取り掛かるのは簡単そうではあった。後はロックたちの目を盗めれば、持ち逃げは成功しそうだ。ロックたちが出払ってくれればそれで済みそうなのだが、警察を警戒するために外出は禁じられた。
自発的に機会を作ることは出来そうになかった。ならば、機会が来るのを待つしかない。最も高い可能性として、あの少年たちが襲撃に来ることだろう。騒ぎに乗じれば、目的も容易く完遂できるはずだ、と考えた。
少年たちが来る前に逃げる準備を済ませなくては。ウィッチは金を積むためのリュックを用意し、そこに最低限の荷物を入れた。理源のメダルと、詠唱を記憶するためのノート、そして『彼女』との思い出のボロボロのクマのぬいぐるみ……
感傷に浸る性分ではなかったが、この小さなぬいぐるみを見ていると少し寂しい気持ちになってしまう。いなくなった人間のことに想いを馳せるだけ無駄だと分かっていたのに、彼女の存在はそれを許してくれないほど大きかった。何度も首を振ってそれを振り払おうとしたが、振れば振るほど虚しくなった。
「しょうがないか……しょうがないよね、せっちゃん……」
ウィッチはぬいぐるみに向かって呟くと、リュックの奥底にそれを押し込んだ。荷物を纏め終えると、タイミングを見計らったかのように声が聞こえてきた。
「敵襲です。ターゲットがこの場所を見つけたようですよ。迎撃の準備をしてください」
ノイズが声を飛ばしてきたようだ。ウィッチは立ち上がり、リュックを背負った。早すぎる好機に、一転して心が踊った。思い残すことはこの場所にはない。一直線に金庫のある部屋に向かって行った。




