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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
我ら亡者なり

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決戦は地下で その5

 似たような場所を行ったり来たりして、方向感覚が狂ってきた頼人と花凛。息を切らして必死に逃げるも、逃げた先々にロックは回りこんできていて、一転二転と踵を返しながら、首の皮一枚の所で生き延びていた。

 此処までロックからの攻撃は花凛のブラウスに致命傷を与えることくらいしかなかった。というのも逃走劇の中で頼人たちの反射神経も鍛えられていったのか、ロックの気配を感じると、合図もなしに方向転換できるようになっていた。おかげで、ロックとの距離は常に開き、ロックの正体不明の攻撃も襲ってくることはなかったのだ。

 今回の奇襲も頼人たちは難なく躱し、幾度も道を曲がって逃げた。しかし、訪れるのは必然か、頼人たちの体力も空に近くなってきていた。

 花凛の後ろに付いていくので精一杯になっていた頼人は、遂に足がもつれ転んでしまった。それに気付いた花凛は振り返り、頼人の体を起こした。

「もう、へばっちゃって……早くしないとあいつが来ちゃうわよ……」

 花凛も頼人ほどではないが、体力がなくなってきていた。状況は深刻になりつつある。2人は互いの荒い呼吸と不快な異音だけを耳にし、脇道に逸れた扉の中に逃げ込んだ。

 扉の先の部屋は今まで入った部屋とは趣が異なっていた。大きなガラスケースが並び、その中に多種多様な石や岩が美術品のように展示されていた。しかし、頼人と花凛はそれには目もくれずに、扉から死角になる場所で座り込んだ。

「これ以上走れない……限界だ……」

 始めの威勢の良さは何処に行ったのか、頼人は肩で息をしながら言った。

「ここまで頑張った方なのかもしれないわね。ふう、ここからどうしたものかしら……」

 早々に息が整った花凛は扉に視線を釘付けて、耳を澄ませた。聞こえてくるのは頼人の息遣いと自分の心臓の鼓動、そして耳障りな異音だけだった。

 この音さえ消えてくれれば、反撃を開始できる。それを叶えてくれるのは杏樹と紅蓮だ。ロックに追いつかれる前に鳴り止むことを願った。それしか出来ることはなかった。

 ぷつりと、唐突に異音は消えた。花凛と頼人は同時に顔を上げ、お互いの顔を見た。

「音、なくなった?」

「ああ、聞こえなくなった。うん……間違いない。御門さんたちがやってくれたんだ!」

「よーし、これで反撃開始ね。迎え撃つわよ、頼人!」

 花凛はそう言って勢いよく立ち上がった。すると、それを見計らったかのように扉が開いた。花凛と頼人はロックが不機嫌な顔をして部屋の中に侵入してきたのを背の高いガラスケース越しに確認した。

 ロックは部屋の隅で棒立ちになっている花凛をすぐに見つけた。遮蔽物1つを間に挟んで、2人は睨み合った。

「ようやく観念したか。手間を掛けさせてくれたな」

「観念? ははあ、あんたには分かんないのね。残念だけど、観念するのはあんたの方よ」

 花凛は背後でまだしゃがんでいる頼人を足で突いた。何かの合図を悟った頼人はロックの視線を気にしつつ、しゃがんだまま壁沿いに移動していった。

「その口ぶりからすると、ノイズの音はなくなったか。ふん、まあいい。例え理が使えるようになったとしても、結果は変わらない。小娘、自分の腕を見てみるがいい。その腕を石に変えたのは紛れも無く私の力だ。他のどの力よりも優れた私の力、私だけのパーソナルがお前を、お前たちを地獄に送り届けてやるのだ。だが安心しろ、殺しはしない。生きたまま地獄に送るのが私たちの使命だからな」

 ロックは再び眼鏡を外し、レンズに付いた汚れを拭きとった。花凛はその一挙手一投足に注意しながら、言葉を返した。

「訳の分かんないことをごちゃごちゃと……腕一本使い物にならなくしただけで調子に乗らないでほしいわ。あんただって、まだあたしたちの力をこれっぽっちも見てないでしょ。余裕かましたこと、きっと後悔するわよ」

 ロックは視線を花凛に戻した。眼鏡を外したことでより一層険しい顔つきになっていた。そして、花凛と睨み合いながら、部屋に配置されている大小様々なガラスケースを掻き分けて徐々に近付いてきた。

 花凛は微動だにせず、ロックの接近を待った。ロックの視界には花凛しか映っていないことは明白だった。ロックの視界から外れた頼人は姿勢を低くしたままガラスケースの横に陣取り、火の源石を手に取って、空いている手をロックに向けた。滞り無く理を取り込むと、火球を発現させて射出した。

 火球はロックの顔に命中した。ロックは炎熱に悶えながら、手で払った。頼人は好機と見て、続けざまに火球を放とうとした。先程より大きな火球を手首のスナップを利かせて投げるように射出した。それが放たれる瞬間、ロックの目が頼人の方に向いた。すると、不思議な事に火球は歪な岩のように変化し、勢いを失くして床に落ちてしまった。

「舐めるなよ、小僧!」

 思わぬ出来事に呆然としていた頼人は怒号で我に返り、ガラスケースから乗り出していた手と頭を引っ込めた。石化してしまうことを覚悟していたが、手前のガラスケースが身代わりになったかのように石化していった。

 この一連の流れを花凛は注意深く観察していた。ロックのパーソナルの正体に少しずつ近付いていた。

 ロックの手には黄土色のメダルが握りしめられていた。これはおそらく土属性の理だろう。土のメダルから理を取り込んで、石化の能力を使っているようだ。

次に、石化の発現だが、これはかなり不可解だ。一見、発生のような形で石化させているようだったが、頼人への攻撃はガラスケースに阻まれた。発生は対象地点に直接、理が発現される技能であるため、このような現象は起こらないはずだ。それが何故、障害物に阻まれるように石化が発現したのか。

考えられることは、石化の力は射出によって発現している可能性が高いということだ。射出ならば、対象者への攻撃が一定の障害物によって妨害されるということは大いにある。ロックは何かしらの形で石化の因子を射出し、対象を石化させているのだろう。しかし、それならば何処から射出しているのか。ロックの手は片方はメダル、片方は眼鏡を持っていた。加えて、射出する素振りなど微塵も見せていない。射出は体の末端部位から発現されるのが普通である。その主である手を介さずに射出をするとなると、どの部位から射出されているのか、それが見当も付かなかった。

とにかく、ロックのパーソナルを封じるにはもっと情報が必要だ。今の段階で判明していることを頼りに、それを探っていくことにした。

 花凛は片手が使えない状態になっているので、出来ることは限られていた。土の属性による身体強化とノックならば、無理なく発現できそうだった。ただ、ノックは強襲性能は高いが、一度使うと警戒されてしまう。なので、ここぞという時に使いたい。そうなると、身体強化に頼って突っ込むという選択しかないのだが、ロックのパーソナルが割れていない以上、あまりにも無謀なことだ。

 ここは頼人に粘ってもらい、その間にパーソナルを暴くのが良いだろう。そう考え、花凛はロックから距離を取りつつ、石化を受けないように立ちまわった。

 代わって頼人の方は、石化に怯えつつも、上手くガラスケースを盾にしながら応戦していた。暫くは火の射出ばかりを使っていたが、1つもロックに当たることなく石になってしまうので、試しに土の射出をすることにした。

 手のひら大の土の塊を撃ってみても、ロックに辿り着く前に、灰色に包み込まれ、急落下してしまった。これを何度も試してみたが、結果は変わらなかった。

「何をしても無駄だ。私の石化の力の前では全て無力。足掻けば足掻くほど、この圧倒的能力差に絶望することになるぞ」

 ロックが語る最中も遠慮なく射出していたが、彼の言葉通り、石化の力で全て無力化していった。

 一向に攻撃が届かず、頼人の集中力も途切れてきていた。それでも攻撃は止めまいと、理を手に集めて発現させようとしたが、散漫になった集中力のせいで、土の塊がひび割れて、脆い状態で発現されてしまった。

 仕方なしにそのまま射出してみると、空中でばらばらになり、小さな礫の群れに変化してしまった。

 しかし、その小粒たちは石化することなく、ロックに当たった。大したダメージは与えられなかったようだが、攻撃が通ったことに頼人は疑問を抱いた。石化させるまでもないとみて攻撃を受けたのか、それとも石化できないから攻撃を受けたのか。それを紐解けるほど、余裕がなかった。だが、この攻防を余すことなく見ていた花凛はあることに気付いた。

 ロックは頼人の攻撃が飛んでくると、始めは真っ直ぐに土の塊を見ていたのだが、それが分裂した瞬間、目の動きが迷っていた。それもかなり忙しく動いていたから、異様な様だった。

 そして、結局石化は発動してないように頼人には見えていただろうが、花凛は石化の発動が確かであることを認識していた。何故ならば、頼人の後ろにある白い壁の上方に灰色が滲むように広がっていったのを目撃したからだ。つまり、ロックは石化能力を使ったが、頼人の攻撃には当てることが出来ずに、大きく逸れて外してしまったということだ。

 答えが見えてきた。思えばロックは随所にそれを示していた。石化が発動する時、ロックは眼鏡を外している。その行動をもっと疑っておけば、答えに辿り着くのは簡単だったであろう。ロックのパーソナル、石化の力は彼の目から射出されることによって発動していたのだ。

 そうと分かれば攻めるのも簡単だ。ロックの視界に入らないように立ち回れば、石化することはない。今は頼人の攻撃がロックの目を離さないようにしている。花凛の方に目もくれないのは、片手が封じられ、まともに理を使えないと判断してのことだろう。奇襲をするには持って来いの状況だった。

 土の源石から理を取り込むと、気付かれないようにロックの背後に回り、一気に駆け込んだ。

 気配を察知したロックは振り向くも、既に遅かった。花凛は上体を沈み込ませ、足先から滑るように突っ込んだ。

 ロックの足を捉えて転ばせると、花凛は勢いをそのままに、頼人のいる場所に走っていった。

 ガラスケースを飛び越え、頼人に合流すると、花凛はロックのパーソナルの正体について早口気味に話し始めた。

「あいつは目から石化させてるの! だから目に見えない所から攻撃すれば大丈夫よ!」

「目から? 見るだけで石にされちゃうのか? でも、さっきの攻撃は石になんなかったし、このガラスケースはすけすけなのに俺は石になってないぞ?」

「そうじゃなくて! あいつは石化させる何かを目から出してるの! だから、それに注意して動けば……」

 花凛の言葉を遮るように、不気味な笑いが響いた。頼人と花凛はその声のする方に顔を向けた。

「そうか、気付かれてしまったか。その通り、私のパーソナルは目から小さな種を出している。その種が付着すると、どんなものでもたちまちに石になってしまうのだ」

「ご説明どうも。で、どうするの? こっちはもうあんたの視界に入らないように戦えば楽勝で勝てるんだけど、降参するなら痛い目見ずに済むわよ?」

「くくく……そうだな。私のパーソナルはこれが全てだ、今のままではな」

 ロックはそう言って、懐から新たにメダルを取り出した。そのメダルに花凛は見覚えがあった。嫌な感覚が思い出される。

「黒いメダル……」

「この漆黒のメダルは私の中にある悪意を増長し、凶悪な力を授けてくれる素晴らしいアイテムだ。このメダルが私を更なる高みに連れて行ってくれるのだ!」

 黒いメダルから禍々しい黒煙が立ち上ってきた。その煙はロックに絡みつくように覆っていくと、ロックの体に染み込んでいった。

 花凛は以前、ファングが使った時と異なる現象が起きていることに気付いていた。あの時はおどろおどろしい物体がファングの体を覆っていったのだが、今回は違った。しかも、ロックが苦しむ様子もない。嫌な予感が一層強まっていた。

 黒煙は残らずロックの中に浸透した。ロックは少し蹌踉めいたが、不敵な笑みを浮かべて頼人たちを見た。

「ふう……清々しい気分だ、力が漲ってくる。ぐう……」

 ロックは右目を手で押さえた。そして呻き声を上げながら、押さえた手を少しずつ離していき、目から何かを引き抜くような動作をした。

 その手が何かを完全に引き抜くと、ロックは狂ったように笑い出した。彼の手に握られていたのは尖端が鋭く、細長い棒のような物体だった。

「例えお前たちをこの目で捉えきれなくても、この槍で貫けばいい。多少、商品に傷があっても問題はなかろう」

 ロックはその槍を振り回しながら、頼人たちに接近してきた。ガラスケース越しから頼人の頭を狙うように槍を突き出した。槍はガラスケースを難なく貫通し、頼人の眼前まで来たが、花凛が咄嗟に頼人の腕を強く引っ張り、危うい所で回避した。

「ボーっとしてない! 逃げるわよ」

 頼人の腕を掴んだまま、花凛は近くの扉に走った。頼人は花凛に連れて行かれるままに足を動かし、槍をガラスケースから引き抜こうとしているロックに土塊を射出した。

 ロックの顔が頼人の方に向くと、撃ちだされた土塊は石のコーティングを施されて落ちた。石化を確認したのを最後に、頼人たちは部屋から逃げ出した。

「おいおい、別に部屋を出る必要はなかったんじゃないか?」

 頼人は背後に目を遣りつつ、前を走る花凛に聞いた。

「あそこで戦っても不利よ。壁になってくれてるガラスケースも、あの武器はお構いなしだもん。それに物が多くて動きづらいから、上手く立ち回れない。まだ何もない此処の方が戦いやすいわ」

「だったらもう逃げずに立ち向かった方が……」

「勝てる見込みがあればね。あたしたちがあいつに攻撃するには、頼人が石化の囮用の理を撃って、その隙にあたしが殴るって戦法しかないのは分かるわよね。でもあいつは近付かれても対応できる武器を持ってるわけ。手が一本しか使えない状態じゃ、あれを躱して懐に飛び込むなんて無理よ。だから戦うのは無謀ってこと」

 頼人は花凛の判断能力に感心した。腕力だけでは勝てない、男との喧嘩を昔からしてきた花凛だからこそ、こういった場面で瞬時に対応できるのだろう、と思った。

「じゃあ、このまま逃げて、どうするんだ?」

「杏樹と紅蓮ちゃんを見つける。数さえいればこっちのもんよ。それにまだ秘策が残ってる。そのために頼人にはしっかりと働いてもらうからね」

「秘策? 俺にいったい何をさせるんだ?」

 花凛は速度を落とし、頼人の横に付いた。そして、耳元で丁寧にそれを囁くと、頼人は納得したように何度も頷いた。

「へえ、それは考えもしなかったな。花凛はこういう時だけは頭が良くなるよな」

「うっさいわね。とにかく、この秘策が決まれば一発で勝負は決まるんだから、万全の体制で挑まなきゃダメよ。分かった?」

「ああ、分かった。でも、やったことないからなあ。上手くいけばいいけど」

「やることは単純なんだから、難しく考えないの。ほら、そこ曲がるわよ」

 花凛が先行して曲がると、「イテッ!」という声が響いた。頼人は慌てて後を追うと、そこには額を押さえる花凛と尻もちをついている杏樹がいた。

「もう、いきなり出て来ないでくださいまし!」

「そっちもちょっとは前を気にしなさいよ! あー、痛い」

「どうやら無事だったみたいだな」

 杏樹の後ろから遅れて紅蓮がやってきた。

「御門さんと紅蓮も、大丈夫みたいだな。やったな、花凛。これで4人で戦える」

「あら、やはりまだあの男が残っているようですわね。今はいったいどういう状況なんですの?」

 頼人と花凛は杏樹たちに今まで起きたことを話した。ロックのパーソナルについても教えたが、2人はそれほど驚いていなかった。

「ってなわけで、ロックのパーソナルは目から出してるってことが分かったんだけど……なんか反応薄くない?」

「それなら既に知っていましたわ。こちらも道中で色々ありましたので……それよりも、相手の能力が割れているのでしたら、苦戦はしないように思えますが、どうして逃げているんですの?」

 加えて、ロックが黒いメダルを使ったことと、それに対抗するための策を手短に語った。

「なるほどなるほど、状況は把握いたしましたわ。その作戦なら、おそらくあの男も為す術はないでしょう」

「これはつまり、チームプレイか……オレたちの絆が試されるのか」

 杏樹と紅蓮は花凛の秘策を受け入れたようだ。これで、ロックとの交戦も万全になり、少しの安堵を得た。しかし、その安らぎも束の間、頼人たちが来た方向から足音が聞こえてきた。

「そろそろ追いつかれるって思ってたところよ。今度こそケチョンケチョンにしてやるんだから!」

「花凛さんったら、興奮しすぎですわ。では、まずはわたくしが先手を取りましょう」

 杏樹は手のひらから下僕を呼び出した。そして、下僕を曲がり角に向かわせて、杏樹もその後を追随した。

 角を曲がると、やはりロックはいた。血走った眼が杏樹を睨んだかと思うと、それに合わせて杏樹も理を射出した。

 放った理は杏樹を石化から守った。ロックはもう一度、石化の種を射出しようとしたが、足下からの水流に邪魔された。

 闇雲に槍を振るうと、水流は途絶えた。杏樹の下僕はロックの足下から離れて、様子を伺った。ロックも下僕の存在に気付き、視線を下僕に向けるが、ちょこまかと動く下僕を捉えることは出来なかった。

 下僕に気を取られている間に、杏樹はまた射出を試みた。だが、それも寸前の所でロックの槍で薙ぎ払われてしまった。

 杏樹のパーソナル、理を使う理人形の利点は杏樹自身が下僕の管理をせずに戦えることだ。下僕は自らの意思で行動し、即座に対応する。主の杏樹とは完全に切り離された存在であり、常に理を供給する必要もないため、杏樹自らも理を使って攻撃することが出来るのだ。

 防がれているとはいえ、杏樹と下僕の攻撃はロックを防戦一方にすることが出来ていた。その間に、頼人と紅蓮が現れてロックに向かっていった。

 ロックは2人の姿を確認すると、下僕を槍で牽制しつつ、迫り来る2人を目で追い続けた。

 紅蓮は頼人の前に立ち、手に炎を纏わせた。拳を大きく包む炎を突き出して、それに石化の種を引き受けさせた。炎が石化する度、手から切り離して新たな炎を纏わせることで、ロックの攻撃を完全に防いだ。

 頼人は紅蓮に守られながら、光の理の準備をしていた。腕に理力を通わせて、次第に光が具現化されていく。この光は形を定めずに頼人の手の中で煌々と輝き続けた。

 頼人と紅蓮がロックに近づく後ろで、花凛が姿を現した。戦局を見ながら、土の源石をストーンホルダーから取り出した。

「よしよし、順調みたいね。あとは頼人がちゃんと出来るかに懸かってるわ」

「人事みたいにおっしゃいますが、花凛さんも重責を担っているのですよ?」

 杏樹が一瞬振り向いて、釘を刺した。

 この作戦は花凛の渾身の一撃で達成されることとなっている。ロックの石化と槍を完全に無効化しなければ、それは成し得ない。そのためのお膳立てを頼人たちが行っているのだった。

 花凛は杏樹の言葉を鼻で笑って流すと、土の源石を放り捨てた。そして、頼人の光る腕を見て、その時を静かに待っていた。

 頃合いとしてはそろそろだった。手の中の光も充分だったし、尚且つ距離も不安のない近さまで来ていた。あとはそれが出来るのかという問題だけだが、花凛の言う通り、変に意識しては出来なくなってしまうというものだ。長らく続いた強盗団との戦いに終止符を打つために、自分は全力を尽くせばいい。それだけを考え、覚悟を固めた。

 頼人は前にいる紅蓮の背中を軽く突いた。それを受けて紅蓮は手の大火をより一層強めて、横に逸れながらロックに射出した。

 放たれた大火をロックは石化させるも、その巨大な炎の彫刻は自らの視界を遮るものになった。彫刻を槍で突き刺して除けようとしてる間に、頼人は手に理を溜められるだけ溜めた。

 彫刻が壁に投げられて粉々に砕けた。それを合図に頼人は溜め込んだ光の理を一気に解放した。解放された理は閃光となり、周囲を強すぎる光が迸った。頼人に目を向けようとしていたロックはその光を直視し、目が眩んだ。

 これが花凛の考えた秘策の要、頼人のパーソナルを利用した目眩ましである。ロックのパーソナルが目に依存しているならば、その目を潰してしまえば良い。頼人のパーソナルは完全には解明されていないが、その基盤には光の力を使えるという点がある。それを純粋に活用させて、強い光を爆発的に発現させられれば、目眩ましになるのではと考えたのだ。

 その予想は的中し、頼人は恐ろしいまでに強い光を発した。これにより、ロックは目を封じられ、大きな隙が生じた。そして作戦の締めである、花凛の剛拳が見舞われる、はずだった。

 頼人は一向に出て来ない花凛を不思議に思い、後ろに振り返った。すると、花凛もロックと同様に目が眩んでしまっていたのだ。花凛だけではなく、杏樹も紅蓮も閃光に苛まれてしまっていた。

 思っていた以上に光が強かったようだ。誤算にしては痛すぎる。花凛の復帰を待っていてはロックの目も正常に戻ってしまうだろう。何故か1人だけ無事な頼人は、自分に残っている理力に糸目も付けず、光の剣を発現しようとした。形を成すのに少々時間を取られたが、どうにか剣は発現した。

 だが、その僅かな時間にも、ロックの目は回復の兆しを見せていた。短い瞬きを何度もして、自分の視覚を確かめていた。

 それに気付かずに、頼人はロックに特攻していった。剣先をロックに定めて、突き進む。ロックは近付いてくる気配を察知し、微かな視界で前方の何者かを捉えようとし、石化の種を射出した。

 その種は頼人の足に命中した。足の自由が利かなくなり、頼人は剣を落として転んだ。形成は徐々に逆転しかかってきていた。

 目眩ましを受けた花凛は凄まじい速度で視覚を回復させていた。痛みの薄れた目を開くと、状況を飲み込む前に自分の役目を果たすために走りだした。

 ロックは倒れている頼人を石化させようとしていたが、まだ視点が定まらずに撃ち外していた。花凛の存在には気付いていないようで、近付いてくる花凛には目もくれていなかった。

 花凛は足を急がせて、ロックに向かっていった。これはチャンスでもあり、ピンチでもある。思考を巡らすフェーズは終わり、その一手を差し込むしかなかった。

 頼人の傍を横切ると、少し屈んで、落ちている光の剣を拾った。ほとんど体が無意識に動いた行動だった。その手でしっかりと握りしめながら、曲げた膝を目一杯に伸ばし、跳躍した。そして、呆然としているロックの胸に剣を突き刺した。

 ロックは悲痛な声を上げながらも、剣を深く刺そうとする花凛を振り払った。いつの間にか理の力が切れていた花凛はあっさりと押し戻されたが、光の剣はロックの胸を貫いたまま残った。

 剣を抜くことが出来ずにもがき苦しむロックだったが、やがて叫びが収まり膝をついたまま動かなくなった。同時に光の剣は消滅し、薄暗い通路は静寂に包まれた。

「長永くん!」

 静寂を打ち破ったのは杏樹だった。頼人に駆け寄って、その身を案じた。

「長永くん、お御足が……」

「ははは、石になるってこんな感覚なんだな。まあ、はな婆なら治してくれるはずだから、心配はいらないよ」

 頼人は力なく応えた。石化したことはともかく、理力を使い果たして疲れていた。

「花凛、ロックはもう大丈夫なのか?」

 頼人の呼びかけに反応し、花凛はゆっくりと硬直したロックに近付いた。目を見開いたままのロックの前で手を振ってみたり、足で小突いたりしたが無反応だった。

「動かなくなっちゃった。気絶してるのかな?」

「作戦通りとはいかなかったが、倒すことは出来たようだな。しかし、凄まじい光だ。パーソナルの力がここまで強力だとは」

「あれは理力もかなり食ったから、相応には働いたよ。でも味方も巻き込むんじゃ、使うのも憚れるよ」

「次はそこも考えて作戦を考えないとね。さてと、そんじゃこいつを連れて引き上げましょ。紅蓮ちゃん、こいつを運んでちょうだい」

 紅蓮は一方的な指示を受けてむっとした表情になったが、花凛の腕のことを思い出したので黙ってそれに従うことにした。

 花凛とロックのいる所に近付こうとした時、紅蓮は表情を一変させた。

「どうしたの?」

 花凛の問いかけに言葉を返す間もなく、紅蓮は花凛に駆け寄り、腕を掴んで無理矢理引き下がらせた。腕は放られ、バランスを崩して倒れかかるも、体を反転させて紅蓮の方に向いた。すると、花凛は創造だにしなかった光景を目にした。

 見知らぬ男がそこには立っていた。全身を漆黒のマントで包み隠していて、露わになっている顔は生気が感じられず、首に赤く光る宝石が付いている首輪が掛けられていた。

 そして、マントの端から伸びる青白い手に、おどろおどろしい形をした大鎌が握られ、その刃の先に今にも消え入りそうな黄色みがかった火の玉が刺さっていた。

 男は刃先を自分の目の前に持ってくると、火の玉を摘んでマントの中に隠した。そして何食わぬ顔でその場から去ろうとしていた。

「お前、ロックに何をした?」

 紅蓮は振り返ろうとする男に静かに問いかけた。男は動作を止めて、紅蓮を光のない瞳で見つめた。紅蓮もそれに対抗し、男の顔を凝視した。

「……お前、どこかで……? ……そうだ、思い出した! お前はオレに源石を寄越した……」

 紅蓮が男の正体に気付くと同時に、男は大鎌を素早く振った。大鎌の刃が紅蓮の胸部を刈り取るように貫いた。大鎌は体を通り抜けていき、紅蓮には傷もないように見えた。だが、紅蓮は糸が切れたように倒れ、全く動かなくなった。男の大鎌の刃先には先程見た火の玉のような物体が刺さっていた。

「紅蓮ちゃん……? どうしたの? ねえ、紅蓮ちゃん!」

 花凛は紅蓮に呼びかけるが、反応はなかった。揺さぶろうが叩こうが同じだった。

「そんな……お前!」

 花凛が男に飛びかかろうとするよりも早く、光弾が男に飛んでいった。男は大鎌の柄でその光弾を弾き、花凛の後ろに目を遣った。

 光弾は頼人が射出したものだった。理力はほとんどなくなっていたが、そんなことを気にしてはいなかった。この男への怒りが頼人の思考を支配してしまっていた。続けざまに何度も光弾を射出するも全て防がれ、切れかけの豆電球の灯火にまで光弾が落ちぶれると、防がれることもなく男のマントに触れて消えていった。

 男は大鎌の刃先に付いたままだった火の玉をまたマントの中にしまうと、大鎌を両手で持ち振りかぶった。そして、頼人に目掛けて大鎌を投擲した。勢いよく回転しながら飛んで来る大鎌は、片足の使えない頼人が避けるのは不可能だった。

 杏樹は頼人を庇うために前に出た。頼人を守る選択がこれしかなかった。自然とその行動を取ったことが杏樹には不思議でならなかった。それと同時に怖さも感じなかった。

 大鎌の刃が杏樹に襲いかかろうとする寸前、金属がぶつかる音がして、大鎌が杏樹を横切って床に突き刺さった。杏樹の足下には見たことのある鍵が落ちていた。

「やっと……やっと見つけた。羽黒はぐろ……『夜色の幻想』を返してもらうぞ!」

 静かに震える声と共に、戸張が現れた。羽黒、と呼ばれた大鎌の男は無表情のまま、戸張を見た。

 戸張は再び鍵を投げた。羽黒に一直線に向かった鍵だったが、羽黒の眼前で黒い靄に覆われて、消失した。そして、その靄は羽黒の体全体を覆っていき、通路の薄暗さの中で浮いた闇を形成した。羽黒の姿は闇に紛れて見えなくなっていった。

 完全に闇だけの空間が形成されると、その闇は閃光のように頼人たちの視覚に襲いかかってきた。辺りが闇に染まったかに思えたが、それは徐々に回復していき、元の薄暗い通路に戻っていた。しかし、そこから羽黒の姿は消え失せてしまっていた。

 何1つとして理解が出来なかった。頼人はただただ混乱していた。呆然としたまま紅蓮を見つめる。徐々に視界がぼやけていき、そうと気付く前に頼人は意識を失った。

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