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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
里落とし
198/253

それは、心

 怒涛と呼ぶべき展開に、琉華は漸く自意識が追いついた。眼前で復活した佳漣を仰ぎ、しげしげと見つめると、佳漣は人間のように目を開けて琉華を見つめ返した。

「問題はないか?」

 無精ひげの薄汚い小男が佳漣にそう問いかけた。すると、佳漣は自分の体を観察しながら、四肢を入念に動かし始めた。

「以前と変わらず、ちゃんと動かせます。流石です、博士」

 博士と呼ばれた小男は琉華たちに誇示するように大袈裟な高笑いをして応えた。この男の名は砂和しげる。彩角市のとある住宅地のど真ん中に、継ぎ接ぎだらけでいびつな形をした自称研究所を構えて、佳漣と共に暮らしている変人だ。

 自分を研究者だと思わせたいのか、汚らしく伸びた白い顎鬚がチャームポイントらしく、それをこれ見よがしに撫でる手が止まらない。佳漣に不備がないか触診する時も、何度も手が自分の顎に向かいそうになっていた。

「スペアを作っておいて正解だったわ。しかし、また今回のようなことが起きた時、自衛できないと困りそうだ。何かしら、火力装備でも付けようか」

「嫌です。僕は普通の人間になりたいんです。改造されるくらいなら、ただの石ころに戻った方がマシです」

「すみません。一つ、はっきりとさせたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

 ペテローニが言葉とは裏腹に淡々と会話に割り込み、質問を続けた。

「砂和佳漣、という人物は私たちが回収した、あの石が本体なのですか?」

「ああ、そうだ。あれが佳漣。肉体は私が用意した。見てくれや質感は人間のそれと変わらんだろう? だが中身はあの石、『心の熱石』を義体に接続させ、正常に稼働するように様々な工夫を施してある。例えば、こうして佳漣が自然に体を動かすために基礎となるパーツを……」

「詳しいお話はまたの機会にお願いします。確認したかったのは、彼が人間ではない、ということですので」

 茂が欲する解を出しそうにないので、ペテローニは佳漣本人にそれを問いただした。

「貴方はつまり、自律理源なのですか?」

「はい。とは言っても、城南さんの自律理源のように、戦うための力なんて持っていません。ただ、意識だけがあるつまらない存在です」

 暁磨の炎の巻き添えを食らった佳漣は体を焦がされ、溶けてしまった。炎が鎮まり、そこに残ったのは機械のような残骸と臓器のように拍動する拳大の赤黒い石だった。

 暫く、呆然とそれを眺めていると、残骸の一部からノイズの掛かった声が聞こえてきた。

「佳漣! 何があった、答えろ! 佳漣! チッ、面倒なことに巻き込まれおって……おい、誰か、そこにいるのだろう? 頼みがある、聞いてくれ」

 茂は琉華とペテローニに石を回収し、研究所にまで持ってくるように一方的に命じた。二人は訳も分からぬまま、それに応じ、今に至っている。

 こうして研究所に着いて、分かったのは砂和佳漣が人ではなく自律理源だったことだ。佳漣はそれを隠して、人として振る舞い日常を送っていたのだ。琉華は佳漣とは深い関わりを持っていなかったとはいえ、その正体に気付けなかったことを悔やんだ。彼が自律理源ならば、理の気を感じることを出来たはずだと思った。日頃から不思議な言動もあったし、そもそも日本人らしくない見た目を怪しむべきだったと、しきりに後悔の念が浮かんでくる。頭の中で反省会を開いていると、不意に佳漣が琉華に話しかけてきた。

「僕が人間じゃないってこと、皆には言わないでおいてくれないかな? 人間じゃなくても、普通の、何の変哲もない人間として生活したいんだ」

「そんなに拘ること?」

「うん。僕はずっと、人間に憧れてた。色んな感情、色んな思い、人それぞれが全く違う生き方を見せて、それを全うしていく。そんな姿を見続けて、僕も人間だったらなあ、って思いが湧いた。そしてある日、砂和さんが僕を見つけてくれた。砂和さんは僕を自律理源だと見抜き、あれこれと実験をした。数々の試行錯誤を繰り返し、僕は砂和さんと意思疎通が出来るようになった。その瞬間、砂和さんは僕の父さんになった」

 佳漣はガラスの瞳で茂を愛おしそうに見た。茂はその視線を感じる様子もなく、珍妙な機械の点検をしていた。

「父さんに人間の体を貰って、とっても嬉しかった。でも父さんの方が嬉しそうだった。それを見て、父さんと同じくらい嬉しいって思える出来事に出会いたいって思った。人の世界に混ざって、人として生きた先に、それがあるんじゃないかなって、そう思ってる」

 琉華にとってはどうでも良いことだった。佳漣の正体が知られることも、彼の信念を汲み取ってやることも、自分に何の影響もないことだ。ただ、人ではないくせに、人のような精神性を見せる佳漣に、何故だか敗北感を味わわせられしまっていた。

 苛立ちが募る前に、此処から離れたくなった。疲労も溜まっていたので尚更、そう思った。

「そうまで熱く語るなら、あんたの望む通りにしてあげる。お守りはもう終わったんだから、私は帰る。今日は色々ありすぎて疲れた」

「お送りいたしましょうか?」

「いらない」

 ペテローニの気遣いを冷たくあしらい、琉華は去っていった。ポケットに手を突っ込み、折り曲げて入っているクリスタルストリングを弄った。

「何も言わないのかよ、なんにも」

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