負の裁定
「ああ、思っていた以上に面倒な相手だった」
静かに走る車の中、ミナは独り言ちる。
「お怪我はございませんか」
「ありませんよ。当り前じゃないですか。この世界に私を傷付けられる者など存在しないのですから」
「……失礼いたしました」
車は彩角市を出ていく。ミナは車窓からそれを見送る。
「果たして妖怪たちはあの地に風穴を開けられるでしょうか」
「まあ無理でしょう。妖怪という存在が認知されたことくらいしか影響は与えられていないと思います」
「忌神子はどうでしょう」
「あれこそ、影響があっては困りますから。でも、充分に痛い目は見たはずです。これで今後、引っ込んでくれれば御の字でしょう」
「私にはあれが生きているようには見えませんでしたが」
ミナは鼻で笑って言葉を返す。
「死ねませんよ。彼女が持つ能力がそうさせてくれません。生きていることでその不幸を背負い、振り撒き続けるわけですから、死という安息は彼女に与えられないのです。ただ、私にとっての不幸、彼女が死ぬという不幸が発生する可能性もなくはなかった。どうにも匙加減が面倒な能力です」
「概念干渉のパーソナルでしたか。稀少且つ強力なそれを忌神子は有しているのですね」
「あれはパーソナルという枠組みに収まるものではありませんよ。『個』ではなく、人間のあらゆる『負』と『不』を集積して完成した、言わば最終兵器です」
「最終兵器?」
「そう。私たちの最終兵器なのですよ」
ミナは会話を止めて、目を閉じて眠りに落ちた。夢など一切見ない眠りだった。