手のひらの秘密
「やっと繋がった。おい、縁、お前いま何処にいるんだ? ……マジか。いや、とにかく無事で良かった。御門さんのとこのメイドさんから預かってる物があるんだ。今から学校来られるか?」
明が縁との電話をしている間に、海里にも琉華から着信が来た。琉華からの電話は用件だけが伝えられて、すぐに切られた。
「砂和は助けられたみたいです。妖怪の親玉っぽいのもぶっ飛ばした、って」
海里から佳漣の無事を伝えられ、寿々子は胸を撫で下ろした。
「とりあえず安心だね。まだ街中には妖怪がいそうだけど、それは正義の味方さんたちがなんとかしてくれるかな」
寿々子はベンチに置いてあるペテローニから受け取ったアタッシュケースに目を遣る。それに釣られて、海里もケースを見た。
「日記が入ってるんでしたっけ。何のために神宮寺に渡すんでしょう? 何が書いてあるのか気になります」
「他人が見ていいものじゃないからね、日記なんだもの」
「でも、神宮寺には見せるんですよね。恥を忍んでまで見せるってことは相当重要なことが書いてあるんじゃないかなって」
「それは多分……」
寿々子は少し言い淀んだ後に言葉を続ける。
「いつか、神宮寺くんから話してもらえるよ。それまで待ってよ?」
「は、はい」
寿々子の何かを知っているような口ぶりに海里は首を傾げた。園芸部は個性的な人間ばかりだと思っていたが、それだけでなく、大きな秘密を抱えた人間が多いように思えた。
寿々子や縁だけでなく、明さえも秘密を持っているように見えてしまう。しかし、それ以上に怪しさに満ちた人間を思い出した。
「まさかね」
秘密ばかりに満ちた部活であるはずがない。それは海里の願望だった。しかし、願望というのは得てして、叶わぬものなのだ。
琉華は海里に連絡を入れた後、佳漣に声を掛ける。
「園芸部の人たちには貴方が無事だってこと、伝えておいたから」
「ありがとう。酷い目に遭ったよ、本当に」
佳漣は体に出来た縄の跡を見ながらそう返す。
「でも、面白い経験でもあった。妖怪に攫われて、こんな高いとこまで連れていかれるなんて、普通は味わえないよね?」
「能天気な言い方。下手すれば死んでたんだけど」
「ああ、それは考えてなかった。命の脆さを忘れてはいけないか」
「……変なヤツ」
琉華は思わず本音が口に出てしまったが、訂正も弁解もする気はなかった。
佳漣は氷塊に近付き、鬼の形相をしたまま固まる暁磨を観察した。
「これは一種のアートだね。タイトルを付けるなら……『時を忘れた猫』というのはどう?」
「センスな。私ならこう名付ける。『氷獄の囚人』」
「ふーん、それっぽくて良いかも。どうですか、そちらのお姉さん。どちらがこれにピッタリなタイトルでしょうか」
ペテローニは急に振られて困惑したが、真面目に考えて答えた。
「そうですね。どちらかと言われれば……」
勝者を告げようとした時、氷塊の中にいた暁磨の腕が発火して氷が急速に溶け始めた。
氷は音を立てて割れて、暁磨が解放された。暁磨は荒い息を上げながら炎を纏った腕を佳漣の腹に突き刺した。
「あっ……」
「死なば諸共……貴様らに勝利など与えん!」
炎は勢いを強めて、佳漣と暁磨を飲み込んでいく。激しく猛る炎に琉華もペテローニも、近付くことは出来なかった。
炎が鎮まると、2人の残滓だけがそこにあった。それを見て、琉華とペテローニは驚愕した。
「なにこれ……砂和、あんた……」
琉華は恐る恐るそれに手を伸ばした。