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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
記憶のダイアリー
195/253

却下で

 琉華の攻撃は悉く火炎に飲まれた。

 暁磨は瓢箪から何かを摂取し、それを炎として吐く。火の理によるものであると推察できるが、それが琉華の氷の矢を無に帰す。

 琉華のパーソナルは水の理源を媒介にして発現する。絶対凍結はあらゆるものを凍結させる強力な能力だが、大きな弱点もある。

 通常、水の理は火の理に強く、土の理に弱い、という関係性を持つ。しかし、水の理である絶対凍結は土の理に弱いのは勿論、火の理にも無力だった。火の特性により氷が溶かされてしまうと、絶対凍結の能力も発動しなくなってしまうのだ。

 最悪な相性だったが、琉華のやることはただ氷の矢を撃ち続けることだけだった。知性を感じない攻撃に暁磨も哀れみの目を琉華に向ける。

「何度やっても同じだというのに。徒に疲弊するだけだ」

「そっちこそ防戦一方で攻められてないみたいだけど」

 観戦するペテローニの視点からも、膠着状態は見て取れた。琉華の絶え間ない攻撃に暁磨は炎を吐いてそれを防ぐ、その繰り返しをしているだけだ。琉華に意図があるなら、消耗戦に持ち込もうとしているのだろうか。

 瓢箪の中の液体を理源としているのだから、それを尽きさせてしまおうというのか。しかし、それがただの理源ならば有効だが、あの瓢箪が莫大な理源を有する自律理源だった場合はなんの意味もない行為だ。そうでなくても、琉華と暁磨の間には理力の差がありすぎる。

 妖怪は理源に対して多感である上、理力も人間のそれを凌駕している。実力が拮抗している者同士の単純な力比べなら人間は妖怪には勝てない。人間が妖怪に勝っているのは彼らが持ちえないパーソナルという特殊能力が使えることだ。勝機を見出すならパーソナルで翻弄する他ない。

 薄氷の連続使用で琉華の理力は万全ではない。この無意味な攻防を切り上げて、別のアプローチで戦いを進めるべきだとペテローニは思った。当然、そんなアドバイスを口にすることはなく、最終手段として琉華を援護する手と、2人が戦っている間に佳漣を助け出す術に思考を割いていた。

 しかし、琉華の助けに入らない、という暗黙の約定を覆さなければならない窮地の兆しが見えてきた。琉華の射撃の間隙に、暁磨が初めて攻撃に転じた。口を窄めて細く吐いた炎の息が琉華に向かって伸びていく。

 攻撃が来るとは思っていなかった琉華は出遅れる形で矢を放つ。矢は全くの抵抗にならず、炎が琉華を飲み込もうとする。

 その寸前、ペテローニが琉華を抱きかかえて炎から脱した。ペテローニの腕の中、琉華は不服を目で訴えた。

「体が勝手に動いてしまいました。申し訳ございません」

 ペテローニは形だけの謝罪をした後、琉華を下ろした。手が出た以上、遠慮することはないと思い、琉華へ言葉を贈ることにした。

「闇雲に氷の矢を放っても、あの炎を越えることは出来ないでしょう。冷静に視野を広げて、攻略の糸口を掴むべきです。見てください」

 ペテローニは視線で琉華に示す。

「あの化け猫の周囲、蒸気で白んでいるでしょう。あれは城南さんの氷の矢が炎で蒸発し、気体となって留まっているのです。あれにまだ理の力が残っているなら、城南さんの能力で再び氷に戻すことが出来るかもしれません。それが出来れば、不意を突いて化け猫を凍結させることも……」

「分かりました。却下で」

 ペテローニの熱弁は二言で一蹴された。ペテローニは返す言葉も見つからなかった。

「そういうのいいんで。私は私のやり方であいつをぶっ飛ばす。お情けも施しも私からしたら迷惑以外の何ものでもない。貴方が考えた策なんて下策だってことを証明してあげます」

 琉華はペテローニを軽く突き放し、退くように促す。

 ペテローニは自分の提案を拒否されたことで琉華に嫌悪を抱いたりはしなかった。寧ろ、琉華への興味が湧き、彼女がどんな戦いを見せてくれるのか楽しみに思っていた。

「ねえ、暁磨っていったっけ。次の一射で終わらせるから、覚悟してよ」

「面白いことを言う。ならば、やってみせるがいい。俺も全力で迎え撃ってやる」

 暁磨は瓢箪を仰ぎながら飲み、飲み干し切るような素振りを見せると、後ろに瓢箪を投げ捨てて、札の付いた右腕に炎を吹きかけた。痛みと熱で苦しみながら、腕全体に炎を纏った。炎と共に札から噴出する電撃が迸り、激しい音が琉華の耳にも届いた。

 琉華は雑音に気を取られることなく、氷の矢を発現させる。理力を振り絞って作り出した矢は、ポイントが通常よりも大きくなり、シャフトに釣り合わない不格好なものになった。

 意地と言っても過言ではない。ペテローニの進言がなまじ間違っていなかったからこそ、琉華は自分で答えを出したかった。そしてその答えは、単純でリスクのあるものだった。

 炎に溶かされきらなければ良い。鏃を分厚くすれば、多少は熱に溶かされても芯までは残るはずだと考えた。暁磨の体に欠片でも当たりさえすれば、絶対凍結は発動する。そのために鏃に全ての理を集中させた。

 巨大な鏃の氷の矢を番え、アーチェリーと同じルーティーンで弓を掲げて、ゆっくりとドローイングする。狙いは炎に揺らめく暁磨の顔。照準器はないが、日々の練習のおかげで感覚が飛ぶ位置を測れる。

 弓のブレが収まり、狙いが完全に定まる。琉華は静かにクリスタルストリングを放すと、氷の矢は風を切って飛んでいった。鏃が重かったためか、軌道は想定より下方向だったが、風に煽られることもなく真っすぐ暁磨に向かっていく。

 迎え撃つ暁磨は炎と電撃を帯びた腕で力強く空を薙ぐ。電撃が走る炎の壁が形成され、氷の矢の前に立ち塞がる。

 今までにない大きさと迫力の炎だったが、琉華はもう何も思わない。矢は既に放たれた。結末も決まっている。矢を飲み込んだ炎の壁を見つめる。視認できないが、矢は暁磨に当たったはずだ。

 炎が勢いを失くして鎮まっていく。だんだんと見えてきた向こう側では、氷漬けになった暁磨の姿があった。琉華は小さく息を吐き、振り返る。

「ほら、勝ったでしょ?」

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