永夜の暁磨
インペリアルタワー頂上付近、展望台を越えたそこは鉄骨が組まれて、その上に分厚い鉄板が敷かれた丈夫で広い足場となっている。
そこには縄で拘束された砂和と、右腕に包帯のように札が貼られた化け猫がいた。琉華は足場に乗り移り、弓を構えて化け猫に向ける。
「砂和を放しなさい」
「話が違うな。妖狐の姫は何処にいる?」
化け猫の暁磨は狙いを定められても動じずに言葉を返す。
「素直に求めに応じるつもりはないわ。あんたをぶっ飛ばせば終わりだから」
「驕るなよ、人間。理使いといえ、たかが2人で俺に勝つなど不可能だ」
琉華は思わず弓を下ろして振り向いた。背後にはペテローニが立っていた。昇っていくのに夢中でペテローニがついてきていることに気付いていなかった。
「どうやってついて来たんですか」
「城南さんの薄氷に便乗しただけです。おそらく1人分の耐久力しかないものと見受けられましたが、残滓でも私には充分でしたので」
「そうですか。じゃあ今度から1人分以下の耐久力で発現させることにします」
ペテローニの存在は邪魔でしかなかった。下での戦いでもやきもきさせられたのに、本命である砂和の救出までペテローニに活躍されてはたまったものではないと琉華は思った。
「あの猿と戦って疲れてるでしょうから、そこで休んでてください。後は私が全部やるんで」
ペテローニは琉華がなぜそこまで、自分1人に拘るのかが分からなかった。手を取り合って戦えば、無駄もなく容易に勝利できるだろうに、それを完全に否定する目で訴えてきた。今はそれで口論するのも馬鹿馬鹿しいので、琉華の言葉に甘えて、戦いを見守ることにした。
「お心遣い、感謝いたします。ご武運を、城南さん」
琉華はもう後方を気にしなくなった。しかし、ペテローニの視線を感じることはできた。自分の活躍を見届ける人間がいると考えれば、ついてきてくれたことは良かったことだと思った。
「2人じゃなくて、私1人であんたを倒す」
「構いはしない。結果は変わらないのだからな。しかし、御門の従者よ。なぜ貴様が此処にいるのかは知らんが、貴様には格別の死を与えてやるからな。貴様の骸は御門の門前に捨て置いてやる」
「この国にはこんな諺があります。言うは易く行うは難し。貴方の爪が私の喉元まで届くかどうか、見ものです」
「まずは私の喉元を掻っ捌いてみなよ、子猫ちゃん」
琉華は弓を引き、氷の矢を放つ。暁磨は琉華が弓を引くと同時に背中に手を回し、瓢箪を手に取る。
瓢箪に口をつけ、何かを飲むような素振りを見せる。瓢箪を口から離し、暁磨は口をすぼめて息を吐く。呼気と共に吐き出されたのは燃え盛る炎。炎は氷の矢を包み込むと、瞬時に矢を溶かした。
「狠山魔、五霊峰が一座、永夜の暁磨……雪解けし残りて影を偲ぶもの。人間よ、我が怒りの炎に焼き尽くされるがいい」
琉華は唇を噛み締めた。苛立ちを顔に見せながら、次の一矢を暁磨に向ける。