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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
記憶のダイアリー
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無為の型

 当然といえば当然の結果なのだろう。同じ種でありながら雌雄は違い、得物も木刀と真剣。仙雷沱禍なくしては勝つことは不可能で、ただ命を削られていくだけの戦いだった。

 それでも天音は何かを見出そうと、木刀を中段に構えて渦流武と対する。攻撃にも防御にも転じやすいこの基本の構えで戦い続けるも、力で圧倒されて攻撃が通らずに返り討ちに遭うばかりだった。

「粘れば粘るほど苦しみが増すだけだぞ」

 一方的な展開に渦流武は酔っていた。自分を殺すことが重要なのではないようにさえ天音には見えていた。ただその陶酔のおかげで命は繋ぎ止められ、戦いを続けられていた。

 天音はもう一度、軍服の少女の示したものを思い出した。キツネの手振り、ジャンケン、それが戦いにどう応用できるのか皆目見当が付かない。

 迷いは切っ先を鈍らせる。それを渦流武が見逃すはずがなく、刀を振り上げて襲ってきた。天音は咄嗟に木刀で受けるが、数多の剣戟を受けた木刀は遂に折れてしまい、戦う術を失った。

 刀を躱して大きく後退しながら、風の理を使おうとした。しかし、発現させようとした瞬間、天音の後頭部を何かが襲った。

「いた」

 頭を擦りながら振り返る。オバケケヤキの上から声が届いた。

「スペアの木刀だよ。それでまた頑張って」

 天音を襲ったのは木刀だった。乱暴な渡し方に異議を申し立てたかったが、それ以上の文句が口に出た。

「やっぱり仙雷沱禍がないと無理。返して」

「もうギブアップ? だらしないなー。しょうがないから、もうちっとヒントあげるよ」

 少女は軍帽を被り直して言葉を続ける。

「自分の長所を活かしてくださーい、以上」

「私の長所」

 大きなヒントを得た一方で、更に悩まずにはいられなくなった。自分の長所など考えたこともなかった。天音は上の空になりながら、木刀を拾った。

 長所とは例えば、得意な理のことだろうか。だが、それは適性のようなものであり、長所と呼ぶには弱い気がする。自分にしかないものを指すなら、仙雷沱禍か。あれを扱えるのはおそらく自分1人だけである。しかしそれも、ただ仙雷沱禍と気が合ったというだけであり、言うならば凄い友人がいるということに置き換えられるものだ。もっと自分の中に長所を求めるべきだ。長所、つまり自分の強み。

 天音はその熟考の中に、少女とのジャンケンを思い出した。自分の強みを出すなら、あのジャンケンでどうすれば勝てたか。少女が取った行動、言葉を思い返していく。不意に浮かんだ少女の表情。悪戯っぽく笑うその顔を思い出し、天音は答えに辿り着く。

 脱力したように両腕を下ろし、木刀は指に軽く掛けるだけで落としまうのではと思うくらいに頼りなく握る。切っ先は地面を指しながらゆらゆらと揺れているが、天音の体は芯が通っているように真っすぐだ。

 渦流武は一見して、天音が隙だらけな構えを取っていると感じた。しかし、そうだと確信しきれない。天音の目が自分を直視し続けていたからだ。

 無表情でただ見ているだけで、何を考えているのか読み取れない。その脱力した構えさえも何か意図したものがある気がしてきた。しかし、答えはない。天音の全てが何も語らなかった。

「苦しい悪足掻きだ。何を考えてるのか知らねえが、お前が死ぬのは変わりない!」

 渦流武は何も見えないことで足踏みしている時間が惜しいと感じ、自ら天音に特攻していった。刀を振り上げて勇ましく吠えるも、天音は動じず、構えも変わらない。

 このまま脳天に向かって振り下ろすか。しかしそれは露骨すぎる。防御を誘い、回り込むべきか。いや、あれだけ構えが下がっているなら、素早く振り下ろせば間に合わない。仮に間に合っても全力で叩き切れば木刀ごと頭を割れるだろう。しかし、そんな見え見えの攻撃に天音が対応策を持っていないはずはない。何が狙いなのだ。何を待っているのだ。何も見えない。何も分からない。その目は何を見ているのだ。

 思考の激しいブレが表面に出すぎていた。天音はそよ風に揺らぐ細枝のように体を軽く傾けながら、渦流武の迷いのある一振りを躱すと、木刀を渦流武の顎に向けて斬り上げた。

 簡単に顎を打ち抜くと、勢いのままに渦流武は吹き飛んでいって倒れた。動かない渦流武を見て、天音は振り上げた腕を下ろす。

「お見事! おねーさんのポーカーフェイスは最大の武器だからね」

 天音が導き出した答え、それは感情が表に出ないこと。既存の型通りに戦っていても、その型を読み切られれば対応されてしまう。なので、習得していた型を捨てて、自然体で構えることで相手の深読みを誘う。無表情と自然体で相手に迷いが生じ、その迷いを抱かせたまま攻めさせることで、天音自身が相手の行動を後手から読むことが可能になり、容易く反撃ができる。ジャンケンで言うならば、相手が先に手を出すように仕向けさせて、自分はそれに勝てる手を後から出すようなものだ。

「名付けるなら、無為の型、かな」

「カッコいいねー、むいむい! おねーさんっぽくて好きだよ」

 天音は少女を見上げて手を差し出す。

「もういいでしょ。仙雷沱禍、返してよ」

「あっ、余所見しないで。まだ戦いは終わってないんだから」

 少女の言葉を受けて、天音は渦流武の方へ視線を向ける。渦流武はふらつきながら、ゆっくり立ち上がっていた。

「くそっ、上手くいかねえ。あと少しなんだ、長の座を得るまで」

「長の座。貴方が私に執着する理由はそれなんだ。分家の貴方からしたら、本家の娘である私が生きているのは不都合だってこと。でもそんなもの、私が掟を破った時点で貴方の家に移っていると思うけど」

「うるせえな……完璧に練り上げた計画を狂わせやがって。お前が里を抜けさえしなければ、いくらでも殺す機会はあったってのに」

「どういうこと。渦流武、貴方……」

「天音! 天音―!」

 縁の声が耳に届き、天音は振り返る。何時ぞやの猫と共に縁が現れた。

「天音、大丈夫? そいつは……妖狐?」

 渦流武は縁に構わずに天音の言葉に答えた。

「最初は偶々だったが、あれのおかげで簡単に事が進んだ。感謝するぜ、空音そらねには」

「……まさか、渦流武が空音を」

「掟を破った空音が悪いんだぜ? 俺はただ善良な里の民として、義務を果たしただけだ」

 渦流武はそう言い終えると同時に、天音たちに強い向かい風が吹いた。渦流武は大きく跳躍すると、その風に乗るようにして逃げていく。

「次は必ず、殺してやる。お前の姉も地獄で待ってるだろうしな」

 捨て台詞を残し、渦流武は風と共に去っていった。

 縁は天音の顔を覗いた。天音は相変わらず無表情だったが、なんとなく悲しい顔をしているように見えた。

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