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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
記憶のダイアリー
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ペテローニという生き方

 ペテローニが琉華と合流する前に遡る。鳳学園の屋上で琉華を見送った後、寿々子はペテローニに向かい直った。

「城南さんに付いて行ってくれませんか? この子たちは私が守れますから、彼女と砂和くんを助けてほしいんです」

「優先事項は縁さんにこれをお届けすることです」

 ペテローニはアタッシュケースを寿々子の顔の前に掲げる。

「此処にいれば縁さんと会える可能性があります。しかしインペリアルタワーに向かうとなると、その可能性は限りなく低くなり、使命を果たすことが出来なくなります。本来ならば、お屋敷に向かわれた縁さんを追いかけさせていただくところなのです。此処に残るのは最大限の譲歩なのですよ」

「融通が利くのやら利かないのやら……そうだなあ、じゃあこうしましょう。それは私が預かっておきます。神宮寺くんにはちゃんと渡しておきますから」

「私の手で渡さなければ安心できませんし、何よりもそれは任務の放棄としか……」

 寿々子はペテローニの耳元に顔を近づけて囁く。

「私が誰だか知ってるんでしょ? なら問題ないと思わない?」

「……敵いませんね」

 ペテローニは小さな溜め息を吐いてアタッシュケースを寿々子に渡した。

「言っておきますが、その脅し文句が効くのはこれっきりです。次にその言葉を吐いたなら、お嬢様への侮辱と見做しますから」

 そう言って屋上を去ろうとするペテローニを海里が呼び止めた。

「琉華のこと、お願いします。あの子、結構1人で突っ走っちゃうタイプなんでブレーキを掛けてあげてください。難しいかもしれませんけど」

 ペテローニはいつもそう答えるようにこの言葉を海里に送った。

「承知致しました」

 期待されすぎても困る、といった感情が湧いた。自分が満足にできることは掃除洗濯炊事くらいだ。その掃除は今日放棄してしまったが、それは仕方ない。とにかく、他に何も求められない、ただ当たり前にメイドとしてやることと、御門家に仕える者としてやることだけをやってきた人間に過剰な期待をかけるのは間違いだ。ペテローニはふと、昔のことを思い出してしまった。


 イタリアで生まれたフランチェスカ・ペテローニは両親の顔を記憶していなかった。1人で立てるようになった頃に、マフィアによって両親は殺された。

 両親の亡骸を足で退けながらマフィアのボスが赤子だったペテロ―ニを抱き上げる。

「愚かなパパとママに代わって私がお前を育てよう」

 そうしてペテローニはマフィアの子として生きていくことになった。求められたのは殺しの技術。人に知られず、人に紛れ、的確に死を与える暗殺者としての英才教育を受けた。

 齢15になる頃にはマフィアの中でも随一の暗殺術を身に着け、いくつもの敵対組織の重要人物を手にかけた。ペテローニは殺すことに躊躇いがなかった。それが当たり前のことだと思っていたし、父であるボスからも不必要な道徳教育を施されていなかったからだ。そこに自己の感情や意思など欠片もなかった。

 ある日、とある人物の暗殺を命じられた。名前は御門厳一郎。世界の経済を牛耳るミカドグループの頂点に立つ男だ。

 彼を疎ましく思う者は少なくない。マフィアに多額の金を払ってでも、殺してほしかったそうだ。ただ、ペテローニにはそういった事情など無意味であり、ただ父に言われるがまま御門厳一郎の暗殺に向かった。

 厳一郎はイタリアに視察に訪れていた。彼の近くには多くのSPがいるだけでなく、周囲にも警戒を巡らす者が多数いた。

 ミカドグループの力によって広い範囲で建物を抑えられ、遠距離からの狙撃も不可能。抜かりない防衛策にペテローニは生まれて初めて焦りを覚えた。

 打つ手を模索するも、何も思いつかずただ時間だけが過ぎていく。その最中、ボスから電話が掛かってくる。殺す隙が見当たらないと吐露すると、ボスは無情な言葉を吐いた。

「体に爆弾でも巻いて突撃してこい」

「承知いたしました」

 そう返すしか出来なかった。

 自分は捨てられたのだと、気付かないはずがなかった。その瞬間に、ペテローニは自身の存在意義を疑った。何のために父に従い、何のために今まで殺し続けてきたのだろう。自分という人間はただ殺して死ぬだけの存在だったのだろうか。

 頭の中に巡る思いとは裏腹に、体は躊躇いなくそれのために動いていた。爆弾を体に巻き、厚手のコートでそれを隠す。

 視察を終えて厳一郎がビルから出てきた。車に乗るまでの僅かな時間も一切の隙がなく、ペテローニは諦めて無理矢理特攻していこうとした。

 一歩目を踏み出した時、厳一郎と目が合った。心臓を突き刺すような鋭い視線に二の足を踏んでしまった。厳一郎はSPと何度か言葉を交わすと、1人でペテローニに近付いてきた。

「時間はあるか?」

 流暢なイタリア語で尋ねてきた。ペテローニは小さく頷く。

「では少し話そう」

 厳一郎はペテローニを車まで連れて行った。彼の行動の意味は分からなかったがペテローニにとっては絶好の機会が訪れていた。不審に思われないように振る舞いながら、起爆する手に神経を集中させていた。

 2人を乗せた車は静かに走り出した。互いに何かを探るような沈黙が続いたが、信号で車が止まった時に厳一郎が口火を切った。

「名前は?」

「……ペテローニ。フランチェスカ・ペテローニです」

 こういうケースでは偽名を使うのが常套だったが、それももう無意味だったので父から貰った名を伝えた。

「ではペテローニ、お前に頼みがある。我が娘、御門杏樹のためにお前の人生を貰いたい」

「どういう意味ですか?」

 素直な言葉を返してしまった。

「上背も髪の色も杏樹に近しい。いわゆる影武者という役目をお前に与えたいのだ。こんな所でつまらん死を迎えるより、数倍も有意義だと思うが」

 決死の暗殺を見透かされていた。ペテローニは初めて動揺を覚えた。言葉も返せず、厳一郎の横顔をじっと見つめた。

「私を殺そうとする者を幾度となく見ている故、目が肥えているのだ。一目でお前が暗殺者だと分かった。そして、あの強固な警備の中で私を殺すなら自爆特攻くらいしか有効な手段はないだろう。そんな分厚いコートを着ているのも普通ではない。その下に爆弾を巻いているはずだ」

 完璧な推理に思わず溜め息が漏れた。ペテローニはコートを捲り、体に巻かれた爆弾を見せる。

「ご名答です。この爆弾で貴方を殺し、私の命も終わるのです」

「そうやって死ぬことでお前は満足なのか?」

 厳一郎はまた鋭い視線をペテローニに向けた。

「お前は今の主に命を懸けられるのか? 自分の全てを捧げたいと思っているのか?」

 そんな感情を抱いたことはない。ただ言われたことをやってきただけだ。ペテローニはどうとも答えられなかった。

「迷いの中で死ぬな。お前が納得のいく理由をもって命を尽くせ」

「そんなこと言っても、私はもう此処で死ぬ以外に道は残されていません」

「だから言っただろう。お前の人生を私と私の娘にくれ。そこに答えが間違いなくある。お前の生きる意味がな」

 ペテローニの気持ちは揺らいだ。生きたいという意思が芽生えていた。厳一郎の強い言葉はペテローニに希望を与えていた。

「ですがファミリーを裏切ることになれば、私も貴方も無事では済みません」

「私を誰だと思っている? 世界のミカドを舐めないでもらおう」

 厳一郎は不敵な笑みを浮かべた。その自信に満ちた顔はペテローニの不安を払拭させた。

 数日の後、ペテローニのいたマフィアは解体された。後顧の憂いを断ち、ペテローニは厳一郎と共に日本に向かった。

 自分の存在意義がこの国にある。それを示してくれる人がそこにいる。多くの期待を胸に新たな人生の始まりを迎えた。

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