狐たちの戯曲
薙刀だけではなく剣術にも覚えがある天音にとって、木刀で戦うことに苦はなかった。流麗な太刀筋を見せながら軍服の少女に木刀を振るう。
一方で少女は天音の剣戟に一切の反撃を見せず、木刀を持つ手もだらんと下げたまま、のらりくらりとそれを躱し続けた。揺れる軍帽から時折見える目は品定めをするかのように天音を見ていた。
「んー、違うなあ」
天音の剣戟を幾度か躱した後、少女は呟いた。天音はその言葉を聞き、手を止めて少女から距離を取る。
「どういう意味」
「つまんないんだよね、おねーさんの戦い方。教科書通りで、なーんにも面白みがないの」
「面白みなんて戦いに不要だと思うけど」
「いやー大事だよ? 面白いことすれば、簡単に勝てちゃうんだから。ねえ、ジャンケンしよ。最初はグー、じゃーんけーん……」
有無を言わさずジャンケンが始まった。天音は合図を受けて思わず手を出す。
天音が出したのはパー。少女は人差し指と小指をピンと立てて、中指と薬指を親指と向かい合わせた所謂キツネの手振りを見せた。
「はい勝ちー」
「ジャンケンにそんな手ないんだけど」
「キツネは全部に勝てるんだよ。そういうルールを今作りましたー」
「卑怯」
「勝ちは勝ちだもん。分かったでしょ? 面白いことすれば勝てるって」
天音は少女の言っていることを理解できなかった。ただおちょくられているだけのような気もしたし、戦い方の秘訣を仄めかしているような気もしなくはない。とにかく、掴み所のないこの少女から何か糸口を得たいと思った。
「もういいから、とりあえずやろう」
天音は木刀を構え直す。
「えー、もう飽きたんだけどなあ……おお?」
少女は軍帽のつばを上げた。その視線は天音に向けられているのかと思いきや、それを通り越して遠くを見ているようだった。天音は少女の視線に釣られて後ろに振り向く。
一陣の風が吹く。天音は目を背けそうになったが、風に乗って向かってくる何者かに気付き、それを見た。
それの正体が分かるや、直進してくるそれに木刀を振るった。しかし天音の一振りは空を切り、向かってきたその何者かは天音の背後に回っていた。
「どうして此処に来たの、渦流武」
天音は振り向くこともなく、言葉だけを渦流武に向けた。
「分かり切ったことを聞くな。お前を殺しに来た」
「如何なる場合でも里から出た者には死が待っている。粛清者たる忍たちも役目を終えれば自刃しなければならない。貴方も同じ。私を殺しても、貴方にも死が待っている」
「バレなきゃ問題ない。速やかにお前を殺し、仙雷沱禍を回収して帰るだけだ。まあ、時間を食わされるようなら、沱禍だけでも回収すればいい」
渦流武は言い切る前に、地面に放置されている仙雷沱禍に向かって行った。天音が反応が遅れてしまい何も出来なかったが、渦流武に奪われる前に、仙雷沱禍は少女に拾われた。
「抜け目ないね、おにーさん。最高にダサいよ」
「クソガキが邪魔をするなよ!」
渦流武は腰に差した刀を抜き、少女を斬りつける。小さな体を真っ二つにする勢いで斬り、夥しい返り血を受ける。
顔にも血を浴びて、目を閉じてそれをやり過ごす。受ける感触がなくなり目を開けると、眼前にいたはずの少女は消えていた。それだけでなく血の跡も完全に消えていて、渦流武が浴びていたはずの血もなく、体に残っていた感触も嘘のようになくなった。
「威勢は良いね。それだけだけど」
渦流武はオバケケヤキを見上げる。少女は仙雷沱禍を抱えながらやせ細った枝に座り、両足をブラブラさせていた。
「それはガキの玩具じゃないんだ。さっさと寄越しやがれ」
「タダじゃ渡さないよ。欲しかったらねえ、おねーさんを殺してみてよ。それが出来たらこれ、あげる」
少女の提案に天音が物言いを入れた。
「ちょっと、勝手に決めないで。というか返してよ」
「ダメダメ。これに頼りっきりじゃ進歩ないから。今はその貧弱な木刀で頑張って」
天音は渦流武の手にある刀を見ながら言う。
「これで真剣に勝てるわけがない」
「大丈夫だよ。ほら、ジャンケン」
少女はまた手でキツネの手振りをした。天音は少女のそれが意味することを考えながら、木刀を強く握る。渦流武も天音の方に向きを変えて淀んだ目で睨んでくる。
静かに吹く風が雲を運んできていた。空は今にも泣きだしそうだった。