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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
記憶のダイアリー
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深き者

 市街は混乱の様相を見せていた。人間たちの前を堂々と闊歩する妖怪たちに、怯え逃げ惑う人々。妖怪を退治せんとやってきた名もなき正義の一員が警告を示すと、妖怪たちは嬉々として攻撃を仕掛ける。彩角市は5年前の大規模爆破テロに似た危険な状態になっていた。

「思った以上に大ごとになってるな。狙いは天音だけのはずなのに」

「暴れられる口実がありゃあ、なンだっていいンだよ。狠山魔の大抵の奴は何も考えちゃいねえ」

「銀次は違うの?」

 縁は銀次を抱えながら、そう聞く。

「あっしは……あっしも同じか。ただ親分に拾われて、狠山魔にいるだけだしな」

「親分って?」

「狠山魔の親分だよ。あっしは元より、兄貴たちよりも遥かに強くて怖え御方だ」

「へえ、そいつは……」

 縁が言葉を切らざるを得なくなった。前方に異様な人物を見つけたからだ。逞しい肉体の男が標識を引き摺って縁たちの方へゆっくりと向かってきていた。

「おい、なンかやべえ人間が来てるぞ」

「悪意だ。どうしてこのタイミングで出てくるんだよ」

 悪意の罹患者たる男は縁たちを認識したのか、足取りを早めて近づいてくる。縁は銀次を下ろして臨戦態勢に入った。

「あンなの相手にしないで、妖狐の姫さンのとこに急いだほうがいいだろ」

「放っておいたら他の人に被害が出る。名もなき正義も妖怪で手一杯だし、僕が戦って止めるしかない」

「そうかい。どうしようが知ったこっちゃないが、無理だけはしないこった。勝てそうになかったらトンズラこくのも賢い戦い方だからな」

 銀次はそう言って電柱に身を隠した。

 縁は改めて悪意の罹患者を見る。罹患者の目は血走り、息は荒い。体中の血管は浮き上がり、脈を打っているのが分かる。その様子から深度の深さを伺い知れた。

 悪意の罹患者は悪意の影響の度合いによって格付けがなされている。それを深度と呼び、数値が高くなるほど、悪意の影響が大きいことを表す。深度を判断するに細かい評定がなされるが、見た目でも大まかに判断できる。

 深度が1から4程度の罹患者は外見は普通の人と変わらない。ただ、自らの欲望を多く口にするようになり、それを実行する行動に躊躇いがなくなる。力の制限も緩くなり、女でも一般的な成人男性よりも腕力が増す。日常的に出没する罹患者はこの1から4の深度の者がほとんどである。

 滅多に現れることのない深度5以上の罹患者の特徴は明白である。充血した目と異様に膨れた体、荒い呼吸をして一目で異常だと分かる。更に彼らの思考は完全に殺人衝動に支配され、目に映る全ての人間に害を与えようとしてくる非常に危険な状態である。名もなき正義も対処には複数人で掛かり、時間を掛けて鎮圧する相手だ。

 縁は見た目から目の前の男が深度5以上の罹患者だと判断した。今まで戦ったことのない深度の相手だった。一人で戦うには荷が重すぎるが、余計な不安に押し潰される猶予はない。赤い源石を取り出し、理を放つ構えを見せる。

 クラックは当たりさえすれば戦闘不能に持ち込むことが出来る。しかし、使うには躊躇いがあった。先日の修羅との戦いで本来の能力を発揮せず、縁に謎の映像を見せるだけだった。不発に終わったそれが尾を引き、縁にクラックを軸に戦う術を奪った。

 火の理を射出し、牽制する。火球は男の顔に当たるが意に介すこともなく、突き進んでくる。引き摺る標識に火花が散り出す。男は唸り声を上げながら標識を投擲した。

 低い軌道で飛んできた標識を、縁は寸前で躱す。しかし、標識の後に突っ込んできた男に激しく衝突された。

 華奢な縁は全身に強い衝撃を受けて、大きく吹き飛ばされる。持っていた源石も手を離れて地面に転がる。男は縁に顔を向けたまま、遠方に飛んで行った標識を拾いに行く。それを使って縁を完全に殺し切るつもりなのだろう。

 拾いに行く間に体勢を立て直したい縁だったが、体中に走る痛みに立ち上がれずにいた。理を使って攻撃しようにも、源石は手元にない。持ち運ぶのが不便だからと、火の源石1つしか持っていなかったことを縁は後悔した。

 痛みが引くのを待っている余裕もない。一か八か、クラックを使って男を失神させるしかなかった。縁は指先からコードを伸ばす。

「効いてくれよ」

 祈りを込めてコードを飛ばす。気付かれないように地を這っていき、男の足元まで伸びると、一気に上昇して後頭部に突き刺さる。

 コードは確かに頭の中に入っていった。しかし、何も変化がない。縁にも、男にも何かが起こることはなかった。

 クラックが効くの信じて待っていたが、コードは縁の意思に関係なく突如消えてしまった。男は自分が攻撃されていたとも知らずに標識を拾い、ゆっくりと縁の方へ振り返る。

「あぁ……がっ!」

 言葉にならない声を上げて、男は縁に向かってきた。縁はやっと立ち上がることが出来たが、男の攻撃を回避できる距離を保てていなかった。誰の目にも縁がやられるのが見える状況だった。

「おりゃあ!」

 声と共に、男の顔に銀次が張り付いた。男が虚を突かれている間に銀次は爪で顔を引っ掻き回した。

「食らえ食らえっ、コンチクショーめ!」

 気炎を吐きながら引っ掻くも、些細な傷をつけることしか出来なかった。男が銀次を振り落とそうと躍起になっている間に、縁は源石を拾った。

 取り込めるだけ取り込んで源石を捨てると、両手の手のひらを男に向ける。銀次の抵抗が終わり、振り落とされた瞬間に縁は渾身の一発を放った。

 両手から放たれた炎は男の体を飲み込む。炎が男を包んだのは一瞬だったが、それだけで男の動きは止められた。縁はすかさず、一枚の札を取り出して男に向けて投げた。

 札が貼られると、男は完全に気を失って力なく倒れた。鎮圧に成功し、縁は胸をなで下ろした。

「うおお! こ、怖ええ!」

 終わった後になって銀次は絶叫した。

「助かったよ、銀次。怪我はない?」

「ないけどよ、二度とはゴメンだ。次はぜってえ助太刀しねえから」

「本当にありがとう。助けてくれなきゃ死んでたよ」

 干渉しない姿勢を見せていたのに、窮地を救ってくれた銀次に縁は感謝の言葉を送った。銀次は照れているのか、縁から顔を背けてそのまま言葉を返す。

「礼はいらねえ。それよりも、こンなとこで油売ってる暇あるのか? 姫さンを助けに行くンだろ?」

「うん。急ごう」

 縁は銀次と共にオバケケヤキの丘を目指す。住宅街の通りから前方に見える丘に向かって只管に走った。

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