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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
記憶のダイアリー
185/253

蒼空に舞う氷姫

 非常事態を知らせる音は校舎の上から聞こえた。琉華は海里とペテローニを置き去りにして、足取りを速めて校舎に近付いた。

 氷の弓を発現させながら、指先から煌めく氷の粒子を空に飛ばす。粒子は一定の高さに到達すると冷たい空気を放出しながら薄氷へと姿を変える。薄氷は段々に作られ、空中に留まった。

 琉華は天音達との邂逅以降、新たな力を身に着けるために試行錯誤をしていた。自身のパーソナルを見返し、その能力を活かす術を模索した。

 琉華のパーソナルは対象を凍結させて完全に停止させる能力である。それを氷の矢に込めて放つことで、当たった相手を氷漬けにして動けなくさせている。弓と矢を介することで、凍結能力を向上させていたのだが、琉華はそれらを介さずに能力を効率良く発動させる術を画策した。

 努力の結果、基本である指先からの射出でも凍結能力を発動させることが可能になった。更にそれは氷の矢とは性質を変え、大気を凍結させる力となった。凍った大気は薄氷となって暫くの間その場に留まり続ける。それを琉華は足場として使う術を思いついた。

 その薄氷たちに飛び移っていき、最短距離で屋上に向かう。琉華が飛び移る度に薄氷は儚く砕けて、煌めく粒子に戻って消えていく。砕ける音を聞いて練度の浅さを感じながらも、標的が見えてくるとそれに神経を集中させた。

 一射目を寿々子を捕らえる妖怪に正確に当て終えると、フェンスの内側、園芸部の園に入って妖怪たちと対峙する。先程の妖怪たちもそうだったが、どれもこれも妖狐と違って獣に近い顔付きと体だ。そういった見た目から、この妖怪たちに強さや脅威を感じられなかった。数だけの雑兵だと思えば、気楽なものだった。琉華は平常心を保ったまま、矢を番えることが出来た。

 怒号と共に向かってくる妖怪たちを一匹ずつ静かに仕留めていく。撃ち漏らし、接近されても慌てることはなかった。手に持った矢をそのまま妖怪に突き立てて、凍結させる。それを機に妖怪たちが雪崩れ込んでくることを察知すると、氷の足場を宙に作って空に逃げて上空から彼らを射抜いていった。

 順調かと思われた妖怪退治だったが、妖怪たちも知恵を絞った行動に移った。明を捕まえていた妖怪が声を上げた。

「おいてめえ、大人しく降りてこいや! コイツがどうなってもいいのか?」

 琉華は弓を下ろして明を捕らえる妖怪を睨んだ。明の首元には妖怪の爪が突き立てられていた。

「おい誰か、あっちの女もひっとらえろ」

 すっかり眼中から消えていた寿々子を、妖怪たちが再び瞳に映し出すと一斉に寿々子に向かっていった。琉華はそれを止めようと弓を持ち上げるが、明を捕らえる妖怪の声が届く。

「余計なことすんじゃねえぞ! その弓、捨てろや」

 琉華は唇を噛み締めて妖怪を睨むが、反抗心を晒すのはそこまでにし、言う通りに弓を屋上へと落とした。

 弓は大きな音を立てて砕け散った。無数の氷片とクリスタルストリングがその場に残った。

「よーし、いいぞ。次はてめえが降りてこい」

 言われるがまま、薄氷を渡って妖怪たちの下へ降りていこうとする。琉華の一挙手一投足に視線が向けられ、不審な動きを見つけようとしている。

 何も出来ないまま屋上に降り立とうとした時、明を捕らえていた妖怪が小さな呻き声を上げて倒れた。一緒に倒れそうになる明を助けたのはペテローニだった。

「またなんか来たぞ」

「折角の人質が……お前ら、あのアマをぶち殺すぞ」

 今度はペテローニに妖怪たちが向かっていく。琉華はその隙にクリスタルストリングを拾い、弓を発現させる。

 妖怪たちの無防備な背中に矢を当てていくのは容易だった。ペテローニたちを助けるために手早く処理していく。妖怪たちを倒していくと、ペテローニの姿が見えた。彼女は徒手空拳で妖怪たちを蹴散らしていた。

 琉華は次々に妖怪を倒していくペテローニに対抗心が湧き、弓捌きを早めて妖怪を鎮めていく。

 海里が扉を開けて屋上に入ると、全てが終わっていた。再起不能になった妖怪たちと、安否を確かめ合う寿々子と明、無言のまま向かい合う琉華とペテローニ。海里は混沌とした状況に理解が追いつかず、入口で立ち尽くした。

「いかがなさいました?」

 ペテローニが口火を切る。

「それだけやれれば、逃げる必要なかったんじゃないんですか?」

 ペテローニは一瞬、何のことか考えたが、すぐに公園で妖怪に追われていた時を言ってることが分かり、答えを返す。

「いちいち相手にしていても無駄だと思ったので。何よりも、命ぜられた仕事を優先すべきでしたから、戦う理由など毛ほどもなかったのです」

「私が助けなくても何の問題もなかったようですね」

「そんなことはありません。それにあなた方に会えなければ、縁さんの居場所を知る方法もなかったのですから」

 ペテローニは明の方へ向かう。異国のメイドの美しさに明は魅了されそうになったが、寿々子を前にしてそんな姿を見せるわけにもいかず、真っすぐ見つめてくるペテローニの蒼い双眸から目を逸らした。

「初めまして。私は御門家に仕えるペテローニという者です。貴方が名合明さんですね」

「は、はい。そうですけど……」

「神宮寺縁さんに用があって此方の学校まで来たのですが、彼は何処かへ行ってしまったと仄瀬さんから伺いました。名合さんなら縁さんが何処へ行ったかをご存知だとも仰っていたのですが、彼が行った場所を知ってらっしゃいますか?」

「知ってますよ」

 明はチラチラとペテローニの方に目を向けながら言った。

「あなたの所、です」

「私の?」

 明の要領を得ない言い方にペテローニは目を細めた。明は再び目を逸らす。

「御門のお屋敷に行くって言ってました。なんでかは知りませんけど」

 縁が御門邸に行く理由を推察すれば、自然とそれが浮かび上がる。縁は自ら失った記憶を欲し、杏樹に会いに行ったのだろうと。思わぬ入れ違いになってしまったが、ペテロ―ニは動じなかった。

「名合さん、縁さんにご連絡できますか?」

「ちょっと、電話してみます」

 明は焦るようにして縁に電話を掛けた。しかし、呼び出し音が鳴り続けるだけで縁は一向に出ることはなかった。

「あれ? 出ないな、アイツ」

「まさかとは思うけど神宮寺くんも妖怪に襲われてる、とか?」

 ペテローニは寿々子に視線を移す。

「私たちを人質にするとか言ってたし、神宮寺くんも奴らに狙われない道理はないと思う。天音さんが一緒にいるならそんなに不安じゃないけど」

「また木見浜の時みたいなヤバそうな妖怪がいたら天音さんがいてもヤバいですよ。早く縁を探しましょう」

「ちょっと待って」

 逸る明を海里が止めた。

「狙われてるのって神宮寺だけじゃないんでしょ? だとしたら、もっと助けに行った方がいい奴がいる」

「え? ……あー! 砂和がヤバい!」

 明はひと際大きな声で叫んだ。

「私と同じタイミングで帰ったから、まだ近くにいると思う。寿々子先輩、砂和に電話できますか?」

 寿々子は頷くと同時にスマホを取り出して佳漣に電話を掛けた。何度か呼び出し音が鳴った後に電話が繋がった。

「もしもし、砂和くん?」

「うお、本当に聞こえてきた。すげーな、これ」

 佳漣とは思えない軽い口調の声が届いた。

「俺の声も聞こえてるの? つか、誰よ? おたく」

「貴方の方こそ何者よ。砂和くんはどうしたの?」

「スナワ? ああ、お前のことか? なんか用があるみたいよ、ニーチャン。あっ、ダメダメ、お喋りはさせないよ」

 一瞬、雑音が混じったがすぐに消えて、声が戻ってきた。

「おたく、狐のお姫様のお友達? だったら伝えておいてよ。スナワくんは俺ら狠山魔が捕まえちゃったから、助けたけりゃ一番高い塔のテッペンに来い、って。んじゃあな……これ、どうやって終わら……」

 電話はそこで切れてしまった。寿々子は掛け直してみるも、繋がることはなかった。

「先輩、砂和は……」

 寿々子は明たちに電話の内容を伝えた。

「遅かったか。すぐに砂和を助けに行きましょう」

「私たちだけで行くの? それに一番高い塔のテッペン、ってどこ?」

 海里は冷静に明を咎めた。海里の発言に明だけでなく、皆が黙ってしまった。

「一番高い塔、というのはインペリアルタワーのことではないでしょうか」

 そう呟いたペテローニに一同の視線が集まった。その後、外に見える一本の電波塔に目を移した。

「やっぱあそこなの? でも、警備もいっぱいいるあの中に妖怪が入れると思えないけどなあ」

「中から入る必要はないんじゃないですか。妖怪なら外から登っていけるでしょうし、人に見つからないように動くのも難しくないんじゃないかと思います」

 寿々子の言葉に琉華はすぐさま反論を示した。

「私が一人で行ってきますよ。戦えない人が行っても、ただ足手まといになるだけですから」

 寿々子は考え込むように唸る。自分も戦えなくはないが、琉華と一緒に助けに行っている間に明たちが狙われない保証もない。佳漣の救出は琉華一人に任せるのが正解である気がした。

「可愛い後輩を自分の手で救いたい気持ちはあるけど、城南さんに任せる。海里ちゃんたちは私が見てるから、砂和くんのこと、お願いします」

「……あの」

 琉華はペテローニに呼び掛けた。

「此処で皆のことを守っててもらえませんか。戦える人がいた方が安心できるので」

 ペテローニは琉華に感づかれないように一瞬だけ寿々子の方を見た後、琉華に視線を戻す。

「お任せください」

 その一言で済ました。余計な情報を言う必要もないと判断し、その場を凌ぐことだけの言葉選びをした。

 琉華は指を振り、薄氷を作り出す。次々と作り出された薄氷はタワーの方へと続く。

「行ってくるね」

 海里に向かって手を振ると、海里も手を振り返した。

 海里は心配など一切していなかった。琉華が必ず佳漣を助けて帰ってくると確信していた。此処にいる誰よりも、琉華が強くて優しい人であることを知っているからだ。

天を仰いで神に祈る必要もない。ただ、琉華の背中を黙って見送るだけで良かった。

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