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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
記憶のダイアリー
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氷の姫とメイドと芋

 最近、走り込みをしていなかったことに気付いた琉華は射場を後にして校外に出た。校門を出たところで、海里の姿を見つけて声を掛ける。

「もう帰るの?」

「琉華! うん、今日はもうおしまい。琉華はまだ練習?」

「外で走ろうと思って」

「じゃあ私も途中まで付き合おうかな」

「なにそれ。本気で言ってる?」

 海里は冗談っぽく笑って返してきた。琉華は溜め息を吐きながらも、少し目尻が下がっていた。

「ちょっと歩こうか」

 海里が頷くと2人は学校の裏側に回り、公園の外周を歩いた。海里の他愛のない話に琉華は相槌を打つだけだったが、それだけでも練習で疲弊した体が癒されていった。

 少しのはずが、公園を半周するまで歩いていた。そしてその半周した辺りで琉華は一台の軽トラックを見つけた。石焼き芋の暖簾の前で客引きをするサングラスの男が琉華に気付き、大きく手を振る。

「おー、いつぞやの子じゃないか! おーい、こっちおいでよ!」

 琉華は咄嗟に顔を逸らした。海里は不思議そうに琉華の顔を見た。

「どうしたの? なんか呼ばれてるっぽいけど」

「知らない。行こ」

 海里の手を引いて逃げようとするが、男は走って近づいてきていた。

「私のこと、忘れちゃった? ちょうどこの辺りで悪意の罹患者にトラック盗られそうになった石焼き芋屋だよ」

「……覚えてる」

 琉華は観念し、石焼き芋屋の男と向き合った。

「良かったあ。じゃあ、あの時、言ったことも覚えてるかい? 石焼き芋、絶対食べさせるって」

「あの時もいらないって言ったし、今もいらないから」

「えっ、焼き芋、美味しそうなのに」

 海里は無垢な言葉を口にした。琉華は個人的感情で石焼き芋屋に嫌悪を抱いているだけであり、彼からの施しも同様の思いにより拒否したかった。しかしその思いが揺らぐほどには、海里の言葉は単純であり素直なものだった。

「美味しいのは保証するよ。でも石! ただの焼き芋じゃなくて石焼き芋ね。お友達の分もあげるから、ささ、こっちに来なよ」

 琉華は石焼き芋屋に無邪気に付いて行く海里の後を渋々と追った。そもそも走り込みをする予定だったのに、良くも悪くも色々と狂わされてしまった。アーチェリーの練習も、理の鍛錬も休まずに続けていたから、たまには息抜きも必要なのだろうと前向きに捉えることにした。

 琉華が自分を肯定することが出来た直後、それを覆そうとする凶兆が接近してきた。

 石焼き芋屋の軽トラックの前を、メイド姿の異邦人が走って横切っていった。その後ろを何匹もの妖怪が追っている。琉華は無意識にクリスタルストリングを取り出して、氷の弓を構えた。

 遠のく妖怪たちの背に素早く矢を放つ。細かいエイミングをしている猶予はなかったが、日々の鍛錬の成果か、一射も外すことなく妖怪たちを次々と仕留めていった。

 メイドの背中に手が掛かりかけていた最後の妖怪を仕留めると、琉華はメイドに近付いていった。声を掛けようと思ったが、異邦人を前にして言葉を詰まらせてしまった。

「えーっと、その……」

「助かりました。彼らとてもしつこくて困っていたのです」

 流暢な日本語に琉華は安心した。

「これ妖怪ですよね? 追われてたみたいですけど、何があったんですか?」

 悪意の罹患者なら気になることはなかったが、妖怪であることに大きな疑問符が浮かんだ。更にはメイド姿の異邦人が追われているとなると、様々に勘繰りが働いてしまうのだ。

 メイドの異邦人、ペテローニは自身を救ってくれた少女を知っていた。それは一般的な『月氷の蒼姫』としての認識だけに留まらず、東河縁の関係者としての情報が頭の中に入っていた。後ろから来ている少女も縁の知人、仄瀬海里だと思われる。縁の所在を知るには、琉華からの問いかけには答えておいた方が得だという判断に至り、ペテローニは不必要な情報を削いで事情を伝えた。

「私はこの日記を神宮寺縁さんに届けるために遣わされたのですが、彼らはこの日記を奪おうとしているようです」

「日記?」

 ペテローニは小さなアタッシュケースを琉華に見せた。

「この中に。私の主が書かれたものなのですが、何の変哲もない只の日記です」

「その割には大事にケースに入れて運んでるんですね」

「只の日記であろうと、無事に運ぶ必要はありますから」

「ていうか、神宮寺に渡すんですか?」

 琉華とペテローニの会話に海里が割り込む。ペテローニは海里の方へ顔を向けた。

「はい。貴女は仄瀬海里さんですね。縁さんと同じ園芸部に所属していますよね。彼は今、どこにいるでしょうか?」

「色々と知ってるんですね……まあ、それは置いておくとして、あいつは部活にも来ないで帰りましたよ」

「へ?」

 今まで淡々とした口調だったペテローニが、上ずった声を出した。

 想定では縁が部活を終えて帰りだすタイミングで会えると踏んでいた。妖怪に追われて想定よりも早く学園に到着することになったのは怪我の功名かと思っていたが、無意味だった。

 縁が早々に帰宅したのなら、急いで彼の自宅に向かうべきだ。もたもたしているとまた追手がくるかもしれない。ペテローニはケースを持ち直し、半歩後退した。

「でしたら、縁さんのご自宅へ向かうことにします。改めて、感謝いたします」

 平淡な声色に戻ってそう言うと、踵を返して歩き出した。海里は足早に去ろうとするペテローニを慌てて引き留めた。

「待ってください。神宮寺、家には帰ってないと思います」

 ペテローニは足を止めて振り返る。

「何処かに出かけていらっしゃるのでしょうか?」

「どこだかは分からないです。名合と話してるのをちらっと聞いただけなんで」

「では名合さんなら縁さんの居場所をご存知ということですか」

「たぶん。名合ならまだ学校に残ってるはず。先輩に電話してみますね」

 海里は手際よく電話を掛けた。しかし、寿々子は一向に電話に出なかった。

「あれ? 出ない。どうしたんだろ」

「学校にいるんなら、戻って直接聞けば? 遠くもないんだし」

「そうだね。じゃあ、お姉さんも一緒に行きましょう」

「面倒をお掛けしますが、宜しくお願いします」

 琉華たちは公園を突っ切って鳳学園へと走った。彼女たちの後ろで石焼き芋屋が声を上げた。

「ちょっと! また食べてかないかんじ? というか、この化け物たち放置? ねえ、私を置いてけぼりにしないでくれー!」

 彼の声は虚しく響く。サングラスの奥から流れる涙を見た者は1人もいなかった。

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