修行ごっこ
縁に宛てられた手紙は天音に新たな刺激を与えた。
獅子川花凛の修行の話を読んでいく内に、自分も更なる強さを得るために鍛錬を積まねばならないと奮起した。
先の戦いにて天音は修羅に圧倒され続けた。今後、修羅と同等かそれ以上の力を持つ刺客が現れた時、自分ひとりで対処できる力が欲しかった。これ以上、縁を危険な目に遭わせないためには、自分が強くなることが最重要だと天音は思っていた。
オバケケヤキの丘の上。天音は仙雷沱禍を握って素振りを繰り返す。振り下ろす度に刃から雷光が迸り、ジリジリと低い音が鳴る。風もなく、人もいない丘で独特な素振りの音だけが鳴り続ける。天音も黙々と一心になって仙雷沱禍を振っていた。
集中しきっていた天音はオバケケヤキの根元に誰かが座っていることに気付かなかった。それに気付いたのは、仙雷沱禍からの呼びかけがあってからだった。天音は素振りを止めて、オバケケヤキの方に顔を向けた。
「あっ、気付いた。もう満足したー?」
天音は一目で異質な存在だと察知した。体格にあっていない大きな軍服と、斜めになってしまうほどにずれた軍帽を被り、裸足に下駄を履いた子供である。一見して性別は分かりにくかったが、声から少女であると推測できた。
「あなた、何者」
天音の問いかけに答える様子もなく、少女はニヤニヤと笑みを浮かべながら天音に近付いてきた。仙雷沱禍を一瞥した後、天音の顔を見上げた。
「おねーさん、ちょっと手合わせしない?」
「あなたと」
「うん」
朗らかな声で返すと、少女はいつの間にか持っていた木刀を天音に差し出した。
「チャンバラごっこに付き合ってあげるつもりはないんだけど」
「いいじゃん。息抜きがてらにやろうよ。遊びが嫌なら本気で来てもいいからさ。でも、それを使うのはダメね」
少女は天音の手から仙雷沱禍を取り上げて、地面に放り捨てた。天音は仙雷沱禍を事も無げに奪われたことに驚いたが、それを口にする暇もなく少女が木刀を押し付けてきた。
「さあさあ、おねーさんの力、見せてちょうだいな」
少女はまた木刀を手品のように出して、切っ先を天音に向ける。天音はもう少女をただの子供だとは思わなかった。押し付けられた木刀を両手でしっかり握り、静かに構えた。
「いいねえ、やる気出してくれたみたいだね。んじゃあ、行くよ!」
実戦形式でこそ得られるものもある。天音はそれを得んと、少女との手合わせに臨む。少女は真剣な天音に反して、嬉々として木刀を振るった。