ネコのコネ
化け猫暁磨は不機嫌を呟きながら現れた。
「手を貸してやってるのに、横柄な狐め。被害はこっちも甚大なんだぞ。修羅は死に、田破澱々は行方知れず。疾風丸も重傷で動けない……」
その沈黙の間に強烈な視線を向けられていることに気付いたが、嵐呼は知らんぷりをして本を読み続けた。
「五霊峰の三座がやられたんだ。残っているのは俺と嵐呼、お前だけなんだぞ」
「ヤバいじゃん」
適当に返すも、暁磨の熱は治まらなかった。
「我らの中でも最強の力を持った修羅が死んだんだ。たかが妖狐の姫一匹殺すのに最高戦力を失ったことを、ヤバいの一言で片づけるな」
「じゃあ、めっちゃヤバいじゃーん、でどう?」
「貴様ッ……」
暁磨の神経を逆撫でするのも程々にして、嵐呼は本を閉じて暁磨を円卓に着かせた。
遥か昔に人間から奪った村を拠点とする狠山魔。文明の発展がその時に止まっているだけでなく、田畑の耕し方も知らずに土地を持て余し、家々も雑に継ぎ接ぎをして形を保っているだけである。その中でも補強が比較的まともだったのは村の長が住んでいたとされる家だ。暁磨と嵐呼はその家の一室で話をしていた。
「終わったことをグチグチ言ってても仕方ないでしょ。次にどうするべきかを考えなよ」
「さっきも言ったがな、修羅がいないんだ。あれで勝てないならどうすることもできない。これ以上は被害が拡大するだけだ。大人しく手を引くべきだろう」
「自分で持ってきた依頼を自分で破棄するの? 親父の信用なくなるよ。新参のあんたが親父に気に入られるためには、常に結果を出し続けないと駄目だよ」
「そんなこと分かってる。日濤郎様には拾ってもらった恩もある。成功を収めることが出来れば、悪名ばかりだった狠山魔の名も一転し、札付きを見る目も変わるだろう」
暁磨は札が貼られた右手を忌々しそうに睨む。
「だったら、やるしかないじゃん。まだ、あんただって戦える。勝機がないようには見えないよ」
「……そうだな。五霊峰の座にまで登り詰めたんだ。俺も修羅には及ばずとも戦闘力はある。それに嵐呼、お前も共に戦ってくれるなら尚のこと……」
「あー、私は戦わないから」
「はあ?!」
暁磨は高まっていた気持ちを谷底まで落とされた。
「私も妖狐のお姫様とおんなじであそこから逃げてきたんだもん。連中にバレたら私まで殺される。だから前線に出るのは無理」
「そ、それならば仕方ないか。しかしこれでは戦力が不十分だ。奴らも警戒を強めているだろうし、潜伏している街にも侵入しづらい。どうやって姫を殺すか……」
考え込む暁磨に、嵐呼は不敵な笑みを浮かべながら近づいて、耳元で囁いた。
「暁磨にしか使えない手があるじゃん。いわゆるコネってやつがさ」
暁磨は目を見開き、嵐呼を見た。言わんとすることを理解したその目に嵐呼はますます口角が上がった。
「ほら、勝機が見えた。『影雪の右腕』の手腕、期待してるよ」