恨み辛み舞いて燃ゆる
縁の頭に一瞬で流れてきたその記憶によって放心してしまった。コードが修羅の頭からするりと抜け落ちて消えると、修羅は頭を抱え、息を切らせながら縁を睨む。
「小僧、何をした。何を見た!」
今までにない激しい口調で怒鳴った。大鉈を順手に持ち替えて、ふらつく足で縁へと向かっていく。
縁は放心状態から立ち直れずにいた。先程の映像がまた頭の中でぶり返し、縁の思考を遮っていた。
近付いてくる修羅にも気付けずにただ立ち尽くす縁を救おうと、天音は仙雷沱禍を持ち直して修羅の背後を狙う。だが絶え間なく食らい続けた修羅の殴打による消耗が激しく、一歩も踏み出すことすら出来ず、その場に倒れてしまった。残された力で声を振り絞って縁を呼ぶ。
「逃げて、エニシ。エニシ」
その細い声が縁に届くはずはなく、縁と修羅の距離は刻々と縮まっていた。
「助けて。誰か、誰でもいいからエニシを……」
天音は祈るように呟いた。そして、それを聞き届けたかのように、声が返ってきた。
「挽歌……」
聞き覚えのある声から繰り出された言葉に理の力を感じた。
「獄炎蝶々」
丘の上に転がる死体が一斉に燃え上がる。炎となった死体は更に形を変え、無数の炎の蝶へと羽化した。
「……スズコ」
天音は寿々子の姿を捉えると、寿々子も天音を見返して小さく頷いた。寿々子は修羅へと視線を移すと、指揮棒を振るうような手振りをした。
それに応じて、炎の蝶たちは修羅へと向かっていった。修羅は瞬く間に蝶に覆われていき、火達磨になった。それでもまだ蝶は突撃を止めず、その炎は大きくなっていった。
「貴方が殺した者の数だけ蝶は舞う。そして、殺された恨みを晴らすために貴方を焼き続けて、地獄へと落とすの」
寿々子は縁を炎から遠ざけながら、それに向かって言った。灼熱に焼かれている修羅はそこから抜け出そうとするが、追い打ちの如くやってくる蝶たちに阻まれて逃げられなかった。修羅の叫び声が届く中、それに混じり言葉が聞こえた。
「許さぬ。許さぬぞ、人間。貴様の顔は忘れはしない。我が肉体が焼け溶けても、永遠に忘れてやるものか。必ず、貴様は殺してやる。地獄へと引きずりこんでくれるわ!」
「悪いけど、死んでやるつもりはないから」
巨大な炎の柱になったそれに、寿々子は指先を向けた。片方の手にはカートリッジが握られている。
「可愛い後輩を虐めてくれたお礼よ。さよなら」
指先から火炎弾が放たれると、炎の柱は更に激しく燃え上がった。微かに見えていた修羅の影は形が崩れていき、炎の中へと溶けていった。
炎が徐々に空へと消えていく。縁はやっと自我を取り戻し、状況を読み取った。
「先輩がやったんですか?」
「半分はね。残りの半分はあの妖怪自身。私のパーソナルって自業自得を極めたような能力だから」
修羅がいた場所は焼け焦げた跡だけが残っていた。縁はじっとその場所を見つめた。
「哀れだ」
つい口に出た言葉だったが、それを修羅への手向けとしてやった。