修羅と呼ばれ、修羅となる
「派手にやられたようだな」
巨大な影がそこに立つ。額に貼られた札が邪魔をして、姿を確かめられない。少し顔を背けて、声の主を見る。
「妖怪か。なんの用だ。惨めな私を笑いに来たのか?」
「不貞腐れるなよ。負けちまったのは仕方ないことだ。人間もオレたちと対等に渡り合える力を持ってるってことだ」
角の生えた彼を見て、同族だと悟った。初めて自分以外でそれがあるのを知った。
彼は手を差し伸べた。弱弱しく倒れる私を、助けてくれようとしたのだろう。しかし、施しを受けることは嫌だった。今までもこれからも、立ち上がるのは独りで充分だと思ったからだ。
「意地を張るなっつうの」
「どうとでも言え。私は誰の手も借りるつもりはない。負けたとも認めない。必ず奴らを、奴を殺す。そうでないと気が済まない」
「まるで修羅だな」
「修羅?」
その言葉の響きに興味を抱いた。彼は不適な笑みを浮かべながら答えた。
「戦いに溺れた哀れな神様のことだ。お前はまさにそれに似ている」
「貴様は私が哀れに見えるのか?」
「そうだな……確かに哀れに見えるが、そりゃあ、そんだけ傷を負ってりゃそう見えるってだけだな。同じ角を持った同士なら尚更そうも見える」
彼は無理矢理に私の手を取って引っ張り上げると、肩を抱えて歩き出す。
「どうするつもりだ?」
「どうするも何も、治してやるんだよ。傷も、性根もな。特に後者は重症なようだし、オレたち総出で矯正してやろう」
「仲間がいるのか」
「ああ、そうだ。お前と同じ、人間にやられて『札付き』になっちまって、行く場所も帰る場所もない連中だ。オレはそいつらの面倒を見てやってるってとこだな」
「随分と傲慢な男なようだ」
渡しの皮肉を彼はただ笑って返した。それが彼との出会いだった。
此処に居座り続けてどれくらい時が経ったであろうか。額の札は依然として残っていたが、邪魔だとは思わなくなっていた。
殺すことしか考えられなかったあの時が嘘のようだ。この場所には何もない。何も満たしてくれるものはない。ただ、彼がいた。彼の存在の大きさが私を、私という生命を肯定してくれていた。だから彼が消えた時、私は全てを失い、全てを取り戻した。
心に湧いた情念は消え、憎悪が煮えていく。その憎悪が自分なのだと、修羅なのだと、己を否定した罰なのだと。
「貴様はこの狠山魔になくてはならぬのだ。オレと共に真の安寧を得ようではないか」
巨大な影がそこに立つ。奴は何も与えてくれない。この座に価値があるとは思わない。だが、私を否定はしなかった。それだけが居心地と呼べるものだった。
久々に思い出した殺戮の味。額の札から刺す激痛が憎悪を昂らせる。ああ、私はただこの矜持に身を捩らせる鬼だったのだ。私はやっとそれを思い出せた。
これで彼は私を思い出すだろうか。また哀れだと笑ってくれはしないだろうか。また炎のような温かさを私にくれはしないだろうか。