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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
札付き
174/253

修羅と呼ばれ、修羅となる

「派手にやられたようだな」

 巨大な影がそこに立つ。額に貼られた札が邪魔をして、姿を確かめられない。少し顔を背けて、声の主を見る。

「妖怪か。なんの用だ。惨めな私を笑いに来たのか?」

「不貞腐れるなよ。負けちまったのは仕方ないことだ。人間もオレたちと対等に渡り合える力を持ってるってことだ」

 角の生えた彼を見て、同族だと悟った。初めて自分以外でそれがあるのを知った。

 彼は手を差し伸べた。弱弱しく倒れる私を、助けてくれようとしたのだろう。しかし、施しを受けることは嫌だった。今までもこれからも、立ち上がるのは独りで充分だと思ったからだ。

「意地を張るなっつうの」

「どうとでも言え。私は誰の手も借りるつもりはない。負けたとも認めない。必ず奴らを、奴を殺す。そうでないと気が済まない」

「まるで修羅だな」

「修羅?」

 その言葉の響きに興味を抱いた。彼は不適な笑みを浮かべながら答えた。

「戦いに溺れた哀れな神様のことだ。お前はまさにそれに似ている」

「貴様は私が哀れに見えるのか?」

「そうだな……確かに哀れに見えるが、そりゃあ、そんだけ傷を負ってりゃそう見えるってだけだな。同じ角を持った同士なら尚更そうも見える」

 彼は無理矢理に私の手を取って引っ張り上げると、肩を抱えて歩き出す。

「どうするつもりだ?」

「どうするも何も、治してやるんだよ。傷も、性根もな。特に後者は重症なようだし、オレたち総出で矯正してやろう」

「仲間がいるのか」

「ああ、そうだ。お前と同じ、人間にやられて『札付き』になっちまって、行く場所も帰る場所もない連中だ。オレはそいつらの面倒を見てやってるってとこだな」

「随分と傲慢な男なようだ」

 渡しの皮肉を彼はただ笑って返した。それが彼との出会いだった。


 此処に居座り続けてどれくらい時が経ったであろうか。額の札は依然として残っていたが、邪魔だとは思わなくなっていた。

 殺すことしか考えられなかったあの時が嘘のようだ。この場所には何もない。何も満たしてくれるものはない。ただ、彼がいた。彼の存在の大きさが私を、私という生命を肯定してくれていた。だから彼が消えた時、私は全てを失い、全てを取り戻した。

 心に湧いた情念は消え、憎悪が煮えていく。その憎悪が自分なのだと、修羅なのだと、己を否定した罰なのだと。

「貴様はこの狠山魔になくてはならぬのだ。オレと共に真の安寧を得ようではないか」

 巨大な影がそこに立つ。奴は何も与えてくれない。この座に価値があるとは思わない。だが、私を否定はしなかった。それだけが居心地と呼べるものだった。

 久々に思い出した殺戮の味。額の札から刺す激痛が憎悪を昂らせる。ああ、私はただこの矜持に身を捩らせる鬼だったのだ。私はやっとそれを思い出せた。

これで彼は私を思い出すだろうか。また哀れだと笑ってくれはしないだろうか。また炎のような温かさを私にくれはしないだろうか。

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