殺戮の矜持
天音と修羅の交戦は一方的なものとなっていた。修羅の殴打は止まることなく天音を襲い、天音はそれを防ぎきれずに体中を痛めつけられていた。
縁はそれを黙って見ているだけだった。助けに行かなければならないのは明らかなのに、二の足を踏んでいた。
縁を躊躇わせていたのは修羅だ。修羅は今まで戦ってきた者と違った。それは強さという指標ではなく、彼の意思だ。辺りに散らばる死体を見て、それが何なのかを読み取ることができた。
修羅は戦いそのものに目的を持っていた。更に言うならば、殺すことが目的であるように思える。戦いや死を手段や過程として捉えるものは多くいた。しかし、修羅は戦うことに執着している。その執着が自分に向くことを縁は恐れていたのだ。
「うっわあ、やっぱ修羅の兄貴は強いな。狐の姉ちゃんも頑張ってるけど、止めらンなさそうだ」
縁は背後に銀次がいることに今さら気付いた。
「アンタは戦わないンすか? このままじゃ狐の姉ちゃん、殺されると思うンすけど」
「僕が何を出来るっていうんだ。加勢に行ったって、天音の邪魔になる。邪魔をするだけして、殺されるんだ」
「ンじゃ何のために此処にいるンすか?」
銀次の言葉が胸に刺さる。縁は怖がってるだけで、手も出せない弱い自分が嫌になった。
答えを出せずに俯くと転がる首が2つ、目に入った。1つは妖狐のもの。もう1つは人間のものだ。なんとなく2つの首を見比べてみると、ある違いに気付いた。
妖狐の顔は殴られた痕がいくつもあり腫れ上がっている。反対に人間の方は一切の傷がなく、恐怖に満ちた表情しか残っていない。他に落ちている顔を見てみると、妖狐ばかりが無残な殺され方をしていて、人間の方は無傷で首を刎ねられているだけだった。
妖狐と人間で殺し方を変えているのだろうかと思ったが、人間の中にも殴られた痕があるものがあったし、妖狐の中にも傷がないものもあった。縁は何かしらの法則を読み取ろうとした。
「まだか。まだ折れないか」
縁が思考を巡らせている間、天音が修羅に強烈な一発を貰った。縁も修羅の声で気付き、顔を上げる。
「早く首を刎ねさせろ。鉈が錆び付いてしまうではないか」
修羅の言葉に縁は答えを見つけた。修羅は殺すこと、いや首を刎ねることに絶対的な矜持を持っている。それは無抵抗な者の首を刎ねること。抵抗しない者は即座に首を刎ね、抗う者は甚振って抵抗する気力を奪ってから首を刎ねる。そしてその甚振りには鉈の刃は使わない。鉈を仙雷沱禍の刃を受け止めることと、柄で殴りつけることにしか使っていないことがその証拠だ。
つまり抵抗する、戦う意志さえ絶やさなければ殺されることはない。天音との圧倒的な力の差を見せつけても殺せずにいるのは、天音の戦う意志が消えていないからだ。それがなくならない限り、天音は殺されない。だが、その前に殴打によるダメージが積み重なり死んでしまうかもしれない。
答えを見つけた途端に、恐怖が消えた。縁は自分の浅ましさに腹が立ったが、同時に感謝もした。これで心置きなく戦いに加われる。天音を助けられるようになったのだから。
「おい、殺人鬼」
修羅の顔が初めて縁に向いた。額の札に遮られていながらも、その両目は縁を品定めするように捉えていた。
「貴様など後でも良かったが、今すぐ死にたいというのなら殺してやろう」
「罪のない人たちを殺してタダで済むと思うなよ。二度と人の前に出てこられないようにしてやる」
縁は強がりに近い言葉を吐いた。それが戦う意志を持つことの表明になるはずだからだ。修羅がそう汲み取ってくれるなら即座には殺されないだろう、と考えていた。
思惑通り、修羅は鉈を逆手から持ち替えることはなく、刃を縁に向けようとはしなかった。縁は指の先からコードを発現させる。修羅はそれを視認しても尚、悠然としていた。
コードが修羅の額に向けて伸びていく。修羅は鉈でそれを弾き落そうとするが、鉈をすり抜けて額に刺さった。しかし、札を外して額そのものにコードは刺さった。
その瞬間、縁は今までにない感覚に襲われた。自分の頭の中に次々とヴィジョンが流れ込んできた。