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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
札付き
167/253

泥濘の大狸、田破澱々

 寿々子は明を逃がしたことで動きやすくなったが、それでも多勢に無勢、敗色は濃厚となっていた。

 残っていた札付きは3匹。どれもまだ余裕が見える。どれだけ頑張っても倒せるのはあと1匹だろう。寿々子は半ば諦めていたが、助け船は意外にも早くやってきた。

 木々を掻い潜り伸びるコードが1匹の札付きの後頭部に刺さる。札付きは短い呻き声を上げた後に倒れた。

「赤羽先輩!」

 縁の声が寿々子に届いた。寿々子は安堵しきらずに縁に注意を促す。

「まだいるよ!」

 縁に気付いた残りの2匹の札付きが標的を其方に変えた。

 縁は冷静だった。札付きからコードを引き抜くと、それをそのまま真正面から向かってきた2匹に次々と刺して難なく気絶させた。

 倒し切ったことを確認すると、縁は細く息を吐いた後に隠れていた海里と佳漣に合図を送った。海里は一番に物影から出てきて、寿々子に抱き着いた。

「先輩、怪我はしてないですか? 何もされませんでしたよね」

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」

 寿々子は海里の頭を優しく撫でた。縁と佳漣が続いて寿々子に近付いてきた。

「二手に分かれて正解だったようだね。エニシくん」

「ああ、無事で良かったよ、本当に」

 縁はそう言いながら、周囲を見回した。辺りには焼け焦げた跡と、倒れ伏す札付きの数々があった。縁はそれが不可解に感じ、寿々子に問おうとした。

 縁が口を開いた直後、背後で倒れていた1匹の札付きが起き上がり、縁を背後から襲おうとした。縁はそれに気付いて振り向くが、反撃が間に合わない。やられた、と思ったが、次の瞬間に倒れていたのは札付きの方だった。縁は向き直り、寿々子を見る。寿々子の手には炎の残滓があった。それで全ての合点がいった。

「先輩も理使いだったんですか」

「そう。私も神宮寺くんと同じ、隠れ理使いでした」

「僕が使えることも知ってたんですか?」

 寿々子は伏し目がちになりながら頷いた。

「まあね。今回の遠征に際して、とある人から依頼が来てたの。神宮寺くんを守ってくださいって。だから、神宮寺くんが理を使えることも、妖狐に狙われていることも、そして可愛らしい尻尾のキーホルダーが妖狐の女の子だってことも知ってる。でも、私が助けてもらうことになるなんてね」

「明が先輩を連れて行かなければこうはならなかったんですけどね。って、そうだ明!」

 明は天音が助けに行っていた。寿々子を助けるという目的を達成した以上、天音たちと合流するべきである。縁は寿々子に海里と佳漣のことを頼もうと考えるも、それを口にしようとした矢先、天音が明を抱えて目の前に現れた。

「天音! 良かった、明を助けられたんだ」

「まだ。あいつが追ってくる」

 天音は明を投げ捨てるようにして縁に託した。縁は天音の体が泥だらけになっていることに気付いた。敵と交戦してそうなったのだろうか。迫ってくるという敵に警戒心を持ちながら、明たちを物影に隠れさせた。

 敵は悠々と姿を見せた。遠目でもはっきりと見える大きな腹を持ったタヌキの妖怪は、進路を塞ぐ木々をまるで小枝を払うのかのように簡単に薙ぎ倒し、縁たちの方へゆっくり直進してきていた。

「なんか増えてるなあ。つーか、あいつらやられたのかあ? しょうがねえ奴らだ」

 田破澱々は独り言ちながら近づいていく。天音が雷を呼び寄せようとすると、それよりも早く田破澱々は攻撃をしてきた。口から大量の水を勢いよく吐き出し、天音と縁を押し流そうとする。

 天音は縁を抱えて回避する。鉄砲水のごとき水圧は地面を穿ち、跳ねた水は雨のように降って辺りを濡らした。

 固まっていた地面はその雨により、一気にぬかるんだ。天音と縁は飛沫で多少濡れただけで済んだが、足場の悪さに足を取られた。

「すばしっこい奴だ。だがよお、地面がこんだけぐちゃぐちゃなら、上手く動けねえんじゃねえか?」

 田破澱々の放出した水は周囲に広がっていた。水が浮くほどの泥濘に足の踏ん張りが利きづらくなり、機動力を殺されてしまった。

 それだけでも辛いのだが、天音にとっては致命的な状況になってしまっていた。足場が水溜まりと化したことで、仙雷沱禍の雷を放てなくなってしまった。田破澱々の放った水が電撃を通す可能性がある以上、足場の水を介して自分たちにダメージが来てしまうおそれがある。天音はそれに耐えられる自信があったが、縁や後方にいる明たちに被害が出てしまっては問題だ。

 天音はこの戦いにおいて、仙雷沱禍の力は一切使えないと判断した。田破澱々を倒すにはかなりの労力を要することになる。当然、1人で勝つのは不可能だ。

「エニシ、あいつの臍に札付いてるから、あそこを狙って」

 縁の力を頼らざるを得なかった。しかし、それでも縁の負担を減らしてあげたかった。縁のクラック一発で仕留められるように、田破澱々の体力を削っていくことが自分の役割だと天音は悟った。

「この水場じゃ仙雷沱禍の力を使えない。だから、エニシがあいつを倒して。私は全力で支援する」

「分かった。でも仙雷沱禍なしで天音は戦えるの?」

「大丈夫。理の源はたくさんある」

 天音は妖怪として、妖狐としての本領を発揮しようとしていた。

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