寿々子の奮闘
試用なしでもカートリッジは正常に機能した。言われていた以上に扱いやすく、すらすらと理を発現できた。初撃の炎の発生から始まり、射出での迎撃も問題はなかった。
ただ、いくら運用に問題がなくとも敵の数が多すぎた。四方を囲まれ、無力な一般人を守りながら戦うのに苦戦をしない方が無理だというものだ。自身の好調とは裏腹に、戦局は不利な方へと傾いていく。
「名合くん」
寿々子は飛び込んできた札付きをあしらった後、敵から視線を切らずに明を呼んだ。
「目の前にいるあの妖怪、今からあいつをどかすから、そこから逃げて。残りの妖怪は私が全部引き受けるから」
「えっ、いやいや、寿々子先輩を見捨てるようなことできません! 俺の命は先輩に預けます」
「頼ってくれるのはありがたいけど、私にも限界っていうのがあってね。このまま戦っても名合くんを守れずにやられるの。もし私を助けたいって気持ちがあるなら、言う通りに逃げて、神宮寺くんと合流して。彼ならこの状況を覆す手段を持ってるから」
「縁が? なんでですか?」
「会えば分かる。さあ行くよ、準備して!」
寿々子は理を指先に溜めると、前方の札付きに狙いを定めて火炎弾を射出した。炎の尾を引きながら放たれた火炎弾を札付きは大きく横っ飛びして回避する。火炎弾の通った焦げた地面が明を逃がす道標となっていた。
「行って!」
寿々子は明の服を掴んで放るようにして道へと導いた。明は一瞬、寿々子の方を振り向く。寿々子はもう明を見ておらず、札付きたちを引き付けるための攻撃の準備をしていた。
明は悔しさで唇を噛みながら、必死に逃走した。札付きたちの包囲網から抜け出すことに成功し、遊歩道へ戻ろうと走り続ける。遮二無二走った結果、着いたのは大きな池だった。
寿々子と来るはずだった場所を前に、明は立ち止まってしまった。楽しい時間が待っていたはずなのに、至福を味わうはずだったのに、訳も分からない連中に邪魔をされ、寿々子1人を置いて逃げて、なんと自分は惨めだろう。明は悲しさと悔しさに俯いた。
「ああ? さっきの人間がどうして此処にいるんだあ?」
明は顔を上げて振り向くと、背後に田破澱々が立っていた。思ってもいない遭遇に明は情けない悲鳴を上げた。
「寝る場所を変えようなんて思わなければよかった。なんであいつら、こんなしょぼっちい人間逃がしてるんだ」
明は慌てて逃げようとするが、田破澱々はいとも簡単に明を摘まみ上げた。
「は、放せ、バケモノ!」
「本当に勝手な生き物だ。自分たちが認めたもの以外は忌み嫌い、化け物の付け札を貼り付ける。そうやって俺たちは居場所を奪われていったんだ。眠る場所くらい好きにさせてくれってんだよ」
何かが逆鱗に触れたのか、田破澱々は息を荒くしてそう捲し立てた。その怒りを治まる様子はなく、持ち上げていた明を地面に叩きつけようとする。
腕を大きく上げた瞬間、明は急に衝撃を受けた。聞こえたのは田破澱々の呻き声、遠ざかるその姿と宙で浮くような感覚。その一瞬に起きたことを理解しきったのは地面に無事に降り立った時だった。獣の耳と尻尾を持つ女性が自分を助けてくれたのだ。
「大丈夫、アキラ」
抑揚のない声で彼女は自分の名前を呼んだ。