疾風怒濤の烏天狗
疾風丸は倒れ伏す札付きたちに目を遣った後、天音を睨む。
「あの雷、お前さんが操ってたのか」
「そうだけど」
天音は縁たちを再び下がらせて、1人で立ち向かおうとする。
「僕も戦うよ」
縁は天音だけに任せるのは無責任だと感じていた。
「エニシは2人を守ってあげて。私、そこまで気を回す余裕ないから」
天音のその言葉は相手が強者であることを意味していた。縁は心苦しく思ったが、天音に従って海里と佳漣を天音達から遠ざけて戦いを見守ることにした。
「なんかさっきまでの奴らと雰囲気が違うけど、天音さん大丈夫なの?」
「分からない。でも……」
縁は疾風丸の左翼に視線がいった。通常、人間によって駆除された妖怪は一枚の札によって呪縛を受ける。それが通例であることは昔、はな婆から何度も聞いていた。しかし、あの翼には数えきれないほどの札が貼られている。それが意味するのは、疾風丸が札を貼られても懲りずに人の前に現れて、また人に敗北し札を貼られたというのを繰り返したのか、それとも一枚の札では抑えきれないほどの力を有し、用心のために幾重もの札を貼り付けたのか、である。
どちらが正解であっても、疾風丸が強いことは間違いない。あれだけの札を付けられて、体には度し難い痛みが迸っているだろうに、顔色一つ変えずに平然としているのだから。それ故に、天音の身を案じずにはいられないのだ。
「貴方たち、誰の差し金で私を狙ってるの。父さんが外の妖怪を使うとは思えない」
「雇い主なんて誰だっていいだろ? 俺たちは好きなように暴れまくって、誰からも縛られない生き方をしているんだから」
「契約には縛られてるんじゃないの」
「……細かいことは考えない! 自由とはつまりそういうことだ」
「思考の放棄を自由とは呼ばない。結局、ただの馬鹿。ならず者らしい頭をしてる」
天音は続けざまに雷を呼んだ。
「静雷・天泣」
疾風丸の頭に目掛けて、青空から音もなく雷が落ちてくる。雷は確かに疾風丸のいた場所に落ちたが、既にそこに疾風丸の影すらなくただ虚しく地面を打っただけだった。
「いいや、自由だ。俺は誰よりも自由。この空を誰にも邪魔されずに飛びまくれるんだから、自由としか言いようがない、そうだろ?」
疾風丸は空中で翼を羽ばたかせて、天音を見下ろしていた。
「鬱陶しい。静雷・天泣」
再び疾風丸を狙って雷を落とすが、縦横無尽に飛び回る疾風丸には掠りもしない。いくら連発しても、それは同じだった。
「へいへい、どこ見て撃ってるんだ? 攻撃ってのは、こうやるもんだろ?」
疾風丸は急降下して、天音を強襲した。雷を落とすことに神経を使っていた天音は回避に遅れて、疾風丸の一蹴を食らってしまった。勢いのある蹴りに体を持っていかれて倒された。疾風丸は悠々と空へと戻り、その無様に地に伏す天音を見下ろした。
「一発食らっただけで、そのザマかよ。まだまだ暴れ足りないぜ、俺はよお!」
疾風丸は空を旋回し、もう一度天音に強襲を仕掛けようとする。天音が立ち上がる時には、疾風丸が眼前に迫っていた。今度は飛び退いて躱すことが出来たが、疾風丸はまた空へと戻り、攻撃の機会を伺っていた。
天音は雷が当たらないという事態は既に経験している。今回は単純に狙いを絞り切れていないことが原因である。常に空を飛び回る疾風丸に惑わされ、正確に狙いを定められていなかった。運良く狙いが定まっても、相手の機動性が上回り簡単に躱されてしまう。
一撃さえ当たれば、形勢は傾く。その一撃をどうやって当てるか。天音は疾風丸の動きに隙がないかを考えた。此方が攻撃を当てるには相手の動きが制限されていればいい。そして、それが明確に表れるのはただ1つ、急降下して此方に攻撃を仕掛ける時。
その一点に狙いを絞り、天音は神経を集中させる。疾風丸の攻撃を誘発させるための、囮となる雷を放つ。
「当てる気あるのか? ないなら、もうオシマイにするかあ!」
思惑通り、疾風丸は急降下してくる。全てが想定の中。後は本命の雷を落として終わりだ。
そう思っていたのは天音だけだった。疾風丸は当然だが、縁も同じ思考に至っていた。
縁には次が見えていた。外野から戦いを見ていたからこそ、冷静に的確に疾風丸の真の隙を見つけることが出来たのだ。