コスモスの園
縁たちが向かう木見浜公園は県外にある。当然、名もなき正義の庇護から外れ、代わってオメガ教の人間によって安全を得ることになる。彼らが諸悪の根源であうことを知っている縁としては受け入れがたい事態だったが、それを知らない他の部員からしてみれば、悪意に対抗し得る者に守られているということに変わりはない。目的地に近づく電車の中で、和気藹々とする部員たちの中で、縁だけは表情をこわばらせていた。
彩角市の外に出ることは零子に伝えていた。零子も始めは難色を示していたが、天音の熱望もあり、渋々承諾してくれた。
「私は此処から離れられないから、何かあったら自分たちでなんとかしないとダメだよ。教団に狙われるってことはないはずだから、悪意と妖怪には気を付けて。特に天音ちゃんを狙ってる妖怪にはね。何をしてくるか分からないから、他の子たちからも目を離さないでね」
「奴らが公衆の面前に顔を出すようなら、教団の連中が対処するでしょ。それはそれでムカつくけど」
「分かってると思うけど、天音ちゃんも妖怪だってバレないようにね。姿を見せるのも、理を使うのも、最終手段だから」
「うん。大丈夫。それより、早く花を見たい。コスモスの花畑、凄く気になる」
天音がいつになく浮かれているように見えた。皆で遠出をすることが楽しみなのか、コスモスを見るのが楽しみなのか、どちらにせよ天音の表情には出ない高揚を妨げるような真似はしたくはないと、縁は思った。妖狐たちの邪魔も入らないことを願ったが、それは許されないことだった。
木見浜公園に着いた一行。縁たちを待ち受けているのは、情け容赦ない非情の妖怪たちだった。
「報告通り、奴らが来ました。入口の封鎖も完了。これで逃げ場も援軍も断ちました」
妖狐は指で作った輪から目を凝らしてそう伝える。
「結構結構。後は狠山魔に任せて、我々は此処で高みの見物をさせていただくことにしましょう」
一面に咲くコスモスの丘の上は園内を一望できた。忍者たちをまとめているのは渦流武の直属の部下である夜凪である。頬に生えた長い髭を指で撫でながら、公園の入口を見た。
「……しかし、狠山魔からの報告が1つもないのが気に障りますね。ならず者には情報共有の重要さが分からないのでしょうか」
「大将! たーいしょー!」
耳障りな大声に夜凪は顔をしかめて振り向く。丘の下から走ってきたのは、猫の妖怪だった。
「なんですか騒々しい。狠山魔の者ですか?」
「へい。あっしは銀次っていいやす。ああ、ただの使い走りですンで名前は覚えなくていいンすけど」
2つに分かれた尾をクネクネと揺らして銀次は言った。
「……で、何用ですか?」
「へい。大将に言われた通り、兄貴たちは入口の正面の広場であいつらが来るの待ってたンすけど、あまりにも待ち時間が長くてっスね、みんな飽きちゃって散歩に行っちゃいやした。すんません」
「はあああ?!」
夜凪は開いた口が塞がらなくなった。銀次は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「まあ、やる気がないってわけじゃないンで大丈夫だと思いやす。見張りやってる下っ端連中にも広場に向かわせてるンで、とりあえずは安心してくだせえ」
「雑魚どもが天音様の相手になるとでも? あの御方は大妖怪垓冥斉様の御息女にして、神器仙雷沱禍の継承者ですよ? くっそぉ……」
夜凪は髭を指でこねくり回しながら、ぶつぶつと呟き始めた。考えがまとまったのか、独り言をやめると、部下の妖狐にこう伝えた。
「お前たちは作戦通り、此処で待機していなさい。私が馬鹿どもを連れ戻してきます。銀次といいましたね。貴方、幹部たちが何処に行ったか分かりますか?」
「いやあ、この辺の地形には疎いンで、何処に行ったかは……あっ、でも修羅の兄貴は管理センター? とかいう場所に行くって言ってやした」
「くっ、よりにもよって一番厄介な奴か。仕方ありませんが、修羅の所へ行きましょう。貴方もついてきなさい」
「へ、へい」
銀次を連れて、夜凪は丘を降りた。残った妖狐たちは片時も目を離さず、縁たちの動向を追っていた。