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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
縁もユカリもないキミ
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仙雷沱禍 その2

 琉華は縁たちがいるであろう丘に近付きながら矢を放っていたが、急転した空の色と突然の雷光に手と足を止めた。

 一筋の雷の残滓が丘の上に見えた。それはすぐに薄暗い空の中に消えたが、琉華は呆然としたまま丘を見たままだった。

 空にあった雷雲が散って夕闇が戻ると、琉華は正気を取り戻した。弓を構えて、再び矢を放とうとする。標的が見えない以上、狙いなど付けようもなかったが、撃つしかなかった。

「やめなよ。もう決着はついてる」

 琉華はその声と同時に異様な気配を感じて、弓を構えたまま声のする方に振り向いた。琉華のすぐ後ろに立っていたのはたくさんの荷物を両手に抱えた零子だった。

「あんた、なに?」

 琉華は零子の白すぎる肌と髪色、そして鮮やかな血の色をした瞳に言い得ぬ恐ろしさを感じた。零子の方は弓を向けられても、ニコニコと余裕のある表情をしていた。

「怖いなあ。何もしないから、それ下ろして。ほらほら、両手塞がってるし、ね?」

「……手が使えないからって何も出来ないことにはならないけど。あんたが普通じゃないのも一目瞭然だし。なにより、あんたは敵の匂いがする」

「うーん、誤解されちゃってるなあ。本当に何もするつもりはないんだよ? ちゃんと言うことを聞いてくれればさ」

 変わらず笑顔を見せる零子だったが、琉華はその屈託のなさに恐怖を覚えた。数多の悪意の罹患者と戦ってきたが、こんな感情を抱いたことはない。表面に隠しきれず、息を潜めいてる悍ましい力と彼女の本意が、琉華の心臓を弄んでいるようだった。

 気づけば体が勝手に零子の言葉に従っていて、弓を下ろして彼女に付いていく形で丘へと歩いていた。

 丘の上に着くと、そこには縁と天音の二人だけがいた。彼らの傍には大きな薙刀が地面に突き刺さり、その周囲は土が剥き出しになって黒く焦げていた。

 琉華と零子に気付いた縁は驚いた顔で二人を見た。

「義姉さん! なんで城南さんも一緒にいるの?」

「こっち来る途中に会ってね。もう大丈夫だよ。戦う意思はないはず」

 零子はそう言うものの、琉華は天音をきつく睨んでいた。

「露消はどこに行った?」

 強い口調で琉華が言うと、天音は淡々と言葉を返した。

「あの妖狐なら死んだ」

 天音は仙雷沱禍の方に顔を向けた。それが意味することを琉華は即座に理解した。

「悪魔め……」

 琉華は氷の弓を一瞬で発現させ、天音に向けて矢を放った。矢はまっすぐ天音の胸に向かっていったが、仙雷沱禍から雷撃が伸びてきて氷の矢を砕いた。

 間髪入れずに二射目を番えるが、縁が間に割って入ってきた。

「待ってくれ。城南さんはあの妖狐に騙されてたんだ。天音は悪い奴じゃない」

「人を殺しておいて悪い奴じゃない? どんな修羅の国に居たら、そんな倫理観が出来上がるの?」

「人じゃなくて妖怪だから、人間の世界の常識とは違う。殺すか殺されるか。弱肉強食の世界。巫山戯た世界」

「フザケてると思うなら、殺しなんかするなよ!」

 怒気に任せて矢を放ちそうになったが、背中から流れてきた冷たい気配に動きが止まった。

「常識なんて意味ないよ。私たちの世界も普通じゃなくなってるんだから。平和な日常を送るためには戦わなきゃいけなくなってるもの。それを理解しているからこそ、キミも今まで弓を引いてきたんじゃないの?」

 零子の語り口は優しかったが、放つ気は異常だった。その殺気に似た気配に琉華は有無を言わされず、弓を下ろされた。

「……あんた、本当に何者?」

「それはもういいから話を聞いてあげて、私の義弟の」

 異常な気配は消えたが、尚も首元に手を掛けられているような感覚が残っていた。琉華は観念して、縁の言葉を聞くことにした。

 縁は琉華の視線が矢のように刺さっているのを感じながらも、誤解を解くために話し始めた。天音が人間の世界を知るために妖狐の里から抜け出してきたこと、姿を隠して学校で人間たちの観察をしていること、雁字搦めの掟に背いたことで妖狐に命を狙われていること、そして縁自身も理が使えることも、包み隠さず話した。

 話を聞き終えた琉華は天音に目を向けた。人間の世界を知りたいという好奇心を天音の表情からは読み取れない。それどころか彼女からは如何様な感情も読み取ることが出来ない。縁が語る言葉が真実だと、本人が証明しようとしていないように見えた。

「神宮寺の話を信じるのにはまだ早い。露消はその妖狐、天音が神器を持ち逃げしたって言ってた。それってあの薙刀のことでしょ?」

 琉華は仙雷沱禍を指差した。

「仙雷沱禍はただの薙刀じゃない、意思を持ってる。好きなら好きだと伝えてくれるし、嫌なら嫌とはっきり言ってくれる。この子は自分の意思で私に付いてきてくれた。だから、持ち逃げだとか言われるのは心外」

「意思? モノが意思なんて持つわけないでしょ。バカバカしい」

「そうとは限らないんじゃないかな? だってあれって自律理源っぽいし」

 琉華は零子が言った聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「自律理源?」

「あれっ、知らなかった? 永久に理を供給してくれる理源、それが自律理源だよ。キミの持ってる綺麗な糸もその一種だと思うけど」

「これ、自律理源って言うんだ。知らなかった」

「それでね、自律理源は単に理を供給してくれるってだけじゃなくて、不思議な能力を持ってたりするの。例えば、そうだなあ……めっちゃ伸びたり縮んだりとか、時間を戻したりとか、凄い力を秘めてるモノもあるんだ。でも、そんな簡単には力を貸してくれなくて、自分が気に入った人にしか力を発揮してくれないモノもあったり、そもそも触れることすら拒否してくるモノもあるの。だから自律理源に意思があるっていうのは間違ってないと思うよ」

 琉華は手のひらに込めたクリスタルストリングに目を落とした。琉華が感じたのは仄かな冷たさだけだった。

 零子は仙雷沱禍に近づいていった。柄に触れようとすると電撃が走り、接触を拒んできた。

「やっぱり触れないか。一度でいいから使ってみたいんだけどなあ、自律理源」

「ぜろ子のことが嫌いなわけではないから、ただちょっと怖いと思ってるみたい」

「へえ、そんなのまで分かるんだ。これ以上怖がられたくないし、お触りはよしときましょう。でも、これで証明できたよね。この仙雷沱禍に意思があるってこと。つまり、天音ちゃんは妖狐の里からお宝を奪って逃げた大悪党じゃないんだ」

 零子が縁たちの助け舟となってくれた。説得の後押しで、琉華も反論を見失っていた。

 納得せざるをえない状況に、悔しさが残った。琉華は舌打ち混じりに負けを認めた。

「あんたらが敵じゃないってことだけは分かった。でも、まだ信用したわけじゃない。怪しい素振りを少しでも見せたら、その時は容赦なく撃ち抜いてやるから」

「うん、それでいい。私も貴方に応える。信頼してもらえるよう、一緒に悪意と戦っていきたい」

 天音は琉華に歩み寄り、握手を求めた。しかし琉華はそれには応じずに、踵を返して丘を去っていった。それを見届けると、縁は安堵の溜め息を吐いた。

「完全に、とはいかないけど、なんとか誤解は解けたな。ありがとう、義姉さん」

「どういたしまして。あの子のことはともかく、思ってた以上に厄介な相手かもね、妖狐の方々は」

 零子は仙雷沱禍の刃先を見つめた。

「警戒は強めておくけど、天音ちゃんにも頑張ってもらわなきゃいけなくなるかも」

「大丈夫、エニシにだけは危害を加えさせない。命に代えてもエニシは守る」

 天音は仙雷沱禍に向かって手を翳した。すると、刃が地面から浮き、そのまま勢いよく引っ張り上げられるようにして空へと戻っていった。

「私と仙雷沱禍がどこからでも助けるから心配しないで。だから――」

 可愛らしい悲鳴が天音のお腹から聞こえた。天音は臆面もなく、言葉を続けた。

「ポテチを食べさせて」

 縁は突拍子もない懇願に笑わされた。「はいはい」と返し、お腹を空かせたお姫様を連れて家に帰っていった。

 後始末をすると言って残った零子は二人の影が見えなくなると、スマートフォンを取り出して、電話を掛けた。

「もしもし……うん……今のところ兆候はないよ。でも、このままだと時間の問題かも……そうだね、出来ることはするつもり」

 電話越しの相手の言葉に、零子は頷いた。

「しょうがないけど、そうしよう。ごめんね……ううん、私は大丈夫、頑張れるよ、エニシのためだもん。今が踏ん張りどころだね。皆がいない、今が」

 その後、何度か言葉を交わした後、電話を切った。零子はオバケケヤキを見上げ、独り言ちた。

「エニシのことは私達に任せてね、ユカリ」

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