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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
縁もユカリもないキミ
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綺麗で不思議で怖い義姉

 天音の学校体験は初日に騒動があったものの、以降は波乱もなく、相応に穏やかな日々を過ごした。そして天音が来てから初めての週末になった。縁はこの日、ある場所へと向かおうとしていた。

「今日は学校ないよね。どこへ連れて行ってくれるの」

「義姉さんのとこ」

 縁は尻尾をぶら下げながら、重い足取りで住宅街を歩いていた。

「お姉さんに会わせてくれるんだ」

「まあ、そうだね。義姉さんの力が必要になってきたし」

「どういうこと」

 縁は言葉を選ぶようにして答えた。

「ほら、天音の服、ないじゃん。着物がもうダメになったし。僕の服貸してるけど、やっぱりちゃんとした女の子の服がないと。だから、義姉さんに天音のことを説明して、天音用の服を買ってもらおうって」

「別に服はなくてもいいよ」

「……僕が困るんだよ」

「じゃあ、縁が買ってくれればいいのでは」

「……男が女の子の服買ったら変な風に思われるんだよ。だから義姉さんに頼むの。それから、義姉さんはあんまり妖怪に良い印象持ってないから、愛想よくしてよ」

「出来ない。私、感情死んでるから」

「知ってる。はあ、嫌な方向に転ばなきゃいいけど」

 それを手繰り寄せるのが義姉さんの本領でもある、と縁は心の中で呟いた。一抹の不安を抱きながらも歩き、住宅街を抜けて田畑の目立つ長閑な地区に辿り着いた。

 そこには木々に囲まれ鬱蒼とした神社があった。みすぼらしい鳥居を潜り、奥へと進むと、風で擦れる枝葉の音に紛れ、竹箒で地面を掻く音が聞こえてきた。

 竹箒を持っていたのは白髪の巫女。彼女は縁の姿を見つけると、屈託のない笑顔で迎えた。

「あっ、エニシ。おかえり」

「ただいま、ぜろ子義姉さん」

 彼女は神宮寺零子、通称ぜろ子。縁の義理の姉であり、この水ノ森神社の主だ。白い肌と髪に、真紅の瞳を持ち、妖しい印象を受けがちな見た目だが、感情に素直で優しい性格をしている。

 零子は跳ねるようにして縁に近づくと、頭に手を伸ばした。

「寝癖付いてる。身だしなみはしっかり整えないとモテないよ?」

「いいから、そういうのは」

 縁は恥ずかしそうにしながら零子の手を払い、誤魔化すように本題を話そうとした。

「今日は義姉さんにお願いがあって来たんだ」

「へえ、エニシが私にお願いかあ……それって、その可愛らしい子のことかな?」

 零子は細めた目で縁の腰に付いた尻尾を見た。縁はよもや天音の存在を気取られるとは思っておらず、「げっ」と声を上げてのけ反った。

「はな婆からこの神社と役目を引き継いで5年は経つんだよ? 妖怪の匂いくらい分かるよ。ねえ、化けてないで姿を見せて」

 尻尾は軽く揺れた後、縁の腰から落ちて天音の全身を晒した。着物の下に来ていた肌着を身に着けているだけなので、少しみっともなさが目立った。それでも天音は丁寧にお辞儀をして、心のこもっていない挨拶をした。

「はじめまして。私は天音。エニシにはいつもお世話になってます」

「いつからこの子と?」

 零子は厳しい視線を向けながら縁に問いかけた。

「えっと、4日前くらいに出会って、それから一緒に暮らしてる」

「……そう」

 零子は生返事をして黙ってしまった。縁は悪い流れを感じ、慌てて要望を伝えることにした。

「実は見てのとおり、天音が着る服がなくてさ。義姉さんに助力してもらえないかなって……」

「理由は何?」

 零子は強い口調で縁の言葉を遮った。縁はそれを不可解に思いながらも、説明をした。

「今は僕の服で我慢してもらってるけど、それをいつまでも、ってわけにはいかないでしょ? だから……」

「エニシに聞いてるんじゃない。天音ちゃんに聞いてるの」

 零子は天音をじっと見つめていた。縁は言葉を失い、天音の方を見た。相変わらず、何を考えているのか分からない、無感情の顔をしていた。しかし、天音の口からは零子に答える言葉がはっきりと出てきた。

「私は人間の世界を知るために来た。もっと深く知りたいからエニシと一緒にいる」

「それだけじゃないよね? オバケケヤキにいた妖狐たち、あれはあなたとどういう関係?」

「なんでそれを知ってるの?」

 縁は思わず驚いて疑問を口にした。

「4日前、妖怪の気配を追ってオバケケヤキに行ったら、伸びてる妖狐がたくさんいた。エニシの口ぶりから察するに、キミ達あの場にいたっぽいね。じゃあ、あの妖狐たちがなんなのか、答えられるよね」

「それは言えない」

「私、隠し事をする人を信じられるほど、お人好しじゃないんだ。全部話してくれなきゃ信じないし、それを言わないっていうのなら、エニシには近づけさせない」

 縁は零子の体から嫌な波動が迸るのを感じた。それが天音に向けた宣戦布告であることは測らずとも知れた。

 それを嗅ぎ取った天音は飛び退いて零子から距離をとった。共に臨戦態勢となった二人を縁は止めようとした。

「ちょっと待ってよ! どうして戦わなきゃいけないんだよ!」

 二人には縁の言葉は届かなかった。縁は彼女たちの戦いを指を咥えて見ていることしか出来なかった。

 零子は竹箒を置くと、袖から紙札を出して天音に投げつけた。天音は紙札を手で払おうとするが、触れた瞬間に紙札が発火し、手にダメージを負わせた。

 自分の手に目を向けている間にも、零子の攻撃が続けられていた。飛んでくる紙札が肩を掠めて天音は前方に視線を戻すと、今度はそれを払い除けずに体を逸らして攻撃から身を守った。暫くその攻防は続き、零子は攻めきれず、天音は攻めに転じずの状態に陥った。

「避けてばっかりじゃ、疲弊するだけじゃない?」

「……静雷・天泣」

 天音がそれを唱えると、前触れもなく雷が零子に落ちてきた。縁が二度は見たその術は、当たった者を気絶せしめていたが、零子は足で踏ん張って、それを耐えた。

「すごい不意打ち。ちょっと痛いね」

 不敵な笑みを浮かべる零子に、天音は再び静雷の術を唱えた。零子はそれを読み、躱そうとするが、地面に捨て置いた竹箒を踏んで転んでしまった。

「あっ」

 縁は思わず声を漏らした。それは零子の不運を嘆くものではなく、これから天音に降りかかる不幸を感じ取ったために、声が出たのだ。

 尻餅をついた零子は溜息を吐くと、真紅の瞳で天音を見つめた。

「ごめんね。私、あんまりツイてないんだ。だから、簡単に私の領域が出来ちゃうの」

 天音はその言葉が意味するものが零子から溢れる嫌な波動と関係していることはなんとなく理解していた。何をするつもりなのかは分からなかったが、隙を与えまいと静雷の術を放つが、雷は零子から大きく逸れて地面に落ちた。

「それ、もう当たらないよ。やめておきな?」

 天音は何度も静雷を唱えるが、どれも零子に掠りもしなかった。遂には雷が自分に落ちてきて、天音は膝をついた。

「あーあ。忠告はしたんだけどなあ。もう何をしたって良いことないよ。全部、裏目になっちゃうから。それが私の力。不幸と不運を呼ぶ力」

 零子は天音に近づき、天音の肩を軽く押した。天音は体が痺れていたためか、それに逆らえずに倒されてしまった。

「これ、なんだと思う?」

 零子が袖から出したのは何の変哲もない紙札だった。

「これはね、妖怪が人のいる場所に二度と来られないようにする御札。これを貼られて、人のいる場所に近づいたら、全身を槍で貫かれるような痛みが襲うんだって。当然、剥がそうとしても絶対に剥がれないから」

 零子は紙札を天音に近づけていった。天音は顔色も変えず、抵抗することもなくただ天を仰いでいた。

 強い風が吹いてきた。いつの間にか暗雲が上空を覆い、雲から唸るような音が聞こえてきた。ふと空を見上げた零子はその暗雲を確かめると、視線を天音に戻した。

「あれを落とすつもり? 別にいいけど、どうなっても知らないよ?」

「そうしなきゃ勝てないなら、そうするだけ。おいで、仙雷……」

「待った!」

 縁が天音と零子の間に入ってきた。

「やめよう。こんなことしても、何も良いことないよ。天音のことを信じてあげて」

 縁は零子に懇願した。いつもは何も感じない零子の赤い瞳もこの時ばかりは恐ろしく感じた。

「話してくれれば良いの。でも話してくれないから、こうするしかない。なまじ力のある妖怪だもの。此処で処分しておかなきゃ厄介なことになる可能性だってある」

「じゃあ、天音が全部話してくれればいいんだね?」

 零子が静かに頷くと、縁は天音の方に顔を向けた。

「ねえ、天音。あの妖狐たちのこと教えてくれない? それともどうしても言えない事情がある?」

 強く吹いていた風が弱まっていた。天音は数秒沈黙した後、口を開いた。

「あれは私だけの問題だから」

 頑なな天音に縁は困り果てた。天音の心を開くにはどうすれば良いか、と悩み、その末に自分のことを話し始めた。

「僕さ、戦うのが嫌って言ったでしょ? それは5年前のことが関係してるんだ。5年前、この街で大きな戦いがあった。その時に結構な傷を負ったらしんだけど、そのショックで記憶が欠けてるんだ。大したことは忘れてないらしいんだけど、それ以降、理を使うと胸の奥が妙にざわついて、気持ち悪くなってしまうようになったんだ。それが僕が戦いたくない理由。隠してたってわけじゃないけど、これで僕は天音に秘密を教えたんだ。なら、天音も僕に秘密を教えてくれてもいいんじゃない?」

「ずるい」

 短い言葉に天音の本心が詰まっていた。そしてそれは縁もそう思っていることだ。しかし、天音はその言葉だけで口を噤まなかった。

「エニシに迷惑かけないように、内緒で対処していこうって決めてた。でも、エニシが自分のことを話してくれたなら、私も話すしかない。あの丘にいた妖狐は私の里の刺客。里の掟を破って、人間と関わろうとする私を殺しに来たの」

「人間と関わろうとするだけで抹殺されるの? とんでもないとこに住んでたんだね」

 零子は冷ややかだった態度を改め、調子を戻して話に加わる。

「あそこは掟が全て。それに従えないなら殺される。例え里長の娘でも」

「えっ、それってまさか天音のこと?」

 天音は小さく頷いた。

「掟を破った長の娘……なるほどね。最近、妖狐をやたら見かけるのもキミのせいってワケか」

「刺客、たくさん来てるんだ。でも私は見かけてない」

「それは勿論、私が追っ払ってるからね。この彩角で唯一無二の最凶妖怪ハンターだもん。妖怪の存在を誰にも知られることなく消し去るなんて余裕なのだー」

 零子は無い胸を張って得意げに言った。

「本当は私がやらなきゃいけないことなのに。ごめんなさい」

「それが仕事なんだから、気にしないで。まあでも、謎が解けて良かったよ。ひとまずは安心かな」

「安心ではない気もするけど、天音を狙う連中はまだ来るんでしょ?」

「来たとしても私が処理しとくから。久々の妖怪フィーバーだー、腕が鳴るよ」

 零子は箒を片付け、社務所に入ろうとする。戸を開けると、振り向いて手招きをした。

「入って入って」

 縁と天音は促されるままに社務所に入っていった。

 

 自宅も兼ねた社務所の中で縁は一人で待たされていた。零子のお下がりで天音が着られる服を見繕ってくれているらしく、天音と共に零子の部屋で選別をしていた。とは言ってもあくまで間に合わせの代用品であり、後日二人でちゃんとしたものを買うことになっている。

 縁は自分で淹れたお茶を飲みながら、難題を乗り越えて得た安堵を噛み締めていた。一人でいることが久しぶりな気がして、その開放感も堪能していた。

 自由というのは過ぎ去るのも早く、用を終えた天音と零子が戻ってきた。天音が洋服に着替えた姿は縁の中にあった妖狐のイメージからかけ離れていたが、天音がしっかりとした服装を初めて着てくれたので、安心感があった。

「私のお古だけど、天音ちゃんにも合うのがあって良かったよ。どう? エニシ」

「うん、いいんじゃない」

 零子はわざとらしく溜息を吐いた。

「女心が分かってないなあ。こういう時は似合ってるよ、とか可愛いよ、って言わなきゃダメなの」

「そ、そう……」

 今度は深い溜息を吐き、縁を睨んだ。しかし、それ以上は何も言わず、零子は卓上の急須に手を付け、二つの湯呑にお茶を注いだ。

「こんなに気が利かない子に育てた覚えはないんだけどねえ」

「義姉さんに育てられた覚えもないけど。僕も義姉さんも育てられる側だったんだから」

「はな婆あっての私たち、ってのは間違いじゃないか」

「はな婆というのは」

 天音は二人の顔を交互に見ながら聞いてきた。その問いかけには零子が答えた。

「私たちの育ての親、かな。私もエニシも孤児なんだ。色々あってこの神社の神主だったはな婆と一緒に暮らすようになったの」

「その人は今はどうしてるの」

「さあね。何処に行ったんだろ」

 零子はお茶を啜り、遠い目をした。縁が零子に継いで答えた。

「1年前に旅に出る、とかいう手紙を残していなくなったんだ。それ以来音沙汰もない。まあ、あの人のことだから心配はしてないんだけどさ。それで、手紙の中には神社と妖怪のことは義姉さんに任せたって書いてあったから、今は義姉さんがこの神社の主になったってわけ」

「自分勝手な人だね」

 天音の率直な物言いに零子が笑った。

「ふふっ、そうなんだよ。自分勝手で頑固で口うるさくて。でも、私たちのことを誰よりも思ってくれてる。そんな人なんだ、はな婆って」

「よく分からないから、会ってみたい」

「会わない方が良いよ。はな婆は妖怪と自分が知らないことが大嫌いだから」

「じゃあ会わなくて良い」

「素直だなあ、天音ちゃんって。ふふっ」

 零子に釣られて縁も笑った。天音は二人が笑っているのをただ黙って眺めていた。

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