槌を呪え
空を覆っていた黒雲は嘘のように消え去り、それにに伴って光の照射もなくなった。
刹空は明天が雷撃によって消し飛んだことを確信し、独り笑った。
「くっくっくっ……ふははは! 無様に死におったわ! 我を相手にしようなど、千年早いわ! ふはははは!」
「誰が死んだって?」
その声に刹空の高笑いが止まった。我に返るようにして声のする方を向くと、消し炭にしたはずの明天がそこに立っていた。
「な、何故だ。何故生きておるのだ!」
「お前はあれを俺だと思っていたんだよ」
明天は雷撃の跡地を指差す。そこには黒く焦げた木槌が転がっていた。
「まさか、我が幻を見ていただと?」
「そうさ。お前に見舞った木槌の一発は脳天ぶち抜くためにやったんじゃない。お前の脳に俺の理を直接ぶち込むためにやったんだ。そのおかげで認識をブレさせ、木槌を俺だと思いこませることができたというわけだ」
「木槌で殴ることで幻影を見させる……それがそちの能力だったのか」
「半分、いや、三分の一くらい正解だ」
明天はいつの間にか木槌の下に移動していた。辛うじて原型を保っているそれを拾い上げると、案の定崩れていき、短い柄と小さな打撃部だけが残った。
「俺のパーソナルの本領はこれだ」
その木槌の成れの果てに息を軽く吹きかけると、焦げた面が飛び、中から金槌が出てきた。鈍い色の小さな金槌は刹空の目から見て、脅威を感じるようなものではなかった。
「そんな陳腐な小槌が本領だと? 笑わせてくれる」
「いくらでも笑えばいい。既に勝敗は決したからな」
明天は空いている手を開いて前に出すと、そこに向かって木槌の残骸たちが集まりだした。それらは徐々に形を作り、やがて小さな人形が出来上がった。
「可愛らしい人形だ。特にこの耳なんか、な」
これ見よがしに刹空に人形を見せつける。人形の頭には妖狐の耳が付いているように見えた。
明天はその人形をしっかりと握り、腰にぶら下げていた血吸いの銀環から一本の釘を生成すると、人形の額に充てがった。その時点で刹空は自分の身に降りかかる事象を予見し、止めに入ろうとするが遅かった。
「あばよ、大妖怪」
金槌が釘の頭を突く。人形の額に釘の先端が差し込まれると、それと同時に刹空は白目を剥いた。恨み節を残すこともなく意識を途絶えさせ、黒の野狐は倒れた。
明天は刹空が急に飛び起きないかと心配して暫く様子を見ていたが、杞憂のようで刹空は全く微動だにしなかった。明天の口からようやく安堵の溜め息が漏れた。
「はあ……こんなのは二度とゴメンだ」
落ち着いて潰れた目を確認したが、完全に機能しなくなっていた。しかしあまり悲観はせず、むしろ幸運だったと思っていた。
力の差は歴然だった。勝利できたのは刹空自身の性格、慢心に漬け込み、そのワンチャンスを逃さず捉えきったおかげだった。これ以上長引けば片目どころでは済まなかっただろう。
戦いを振り返っていると、突然全身を飲み込む悍ましい悪意を感じた。明天は悪意が流れてくる枯れ細った木に目を向けると、死んだと思われていた男が木の前に立ち此方を見ていた。
「あれに勝つとは、運が良いのかそれとも相応の手練なのか。まあ、どちらでも構わないが」
胸に空いていた穴はなくなっていたが、夥しい血の跡は残っていた。口から流れた血を拭いながら、蒼見は明天を凝視した。