怪しき雷
刹空の手から迸った雷撃は幾つにも枝分かれして明天を襲ってきた。
それ自体の速さにも切っ先の数にも対応できず、明天は無数の雷撃に体を貫かれた。
雷撃は全身を血流のように駆け巡り、全神経に異常と痛みを届けた。麻痺した体は痙攣を起こし、それに伴う激痛も止むことはなかった。
明天を貫いた雷撃は消えることなく留まり続けていた。固体のように形を保ったまま、チリチリと小さな鳴き声を発していた。
「痛かろう、辛かろう、苦しかろう。されどそれから解放はされぬ。振り切ることは疎か、死にさえ導くことはない。終わることのない拷問にそちが心を壊すほか、地獄を感じずに済ます術はないのだ」
手から離れた雷撃に沿って、刹空は明天にゆっくりと近づいていく。明天が激痛に苦しむ姿を愉しむように小さな歩幅で歩いていた。
明天にまで数寸の距離まで近付くと、その哀れな姿をまじまじと眺めた。突き刺さった雷撃によって磔のようになった明天は、嗚咽と絶叫を繰り返して体を悶えさせていた。
「くっくっくっ、なんとも情けない姿だ。目を潰され、体の自由を失い、永久に続く苦しみを味わう……一体そちはどのような業を背負っているのかのう」
苦しみに喘ぎながらも、明天が顔を上げて刹空を睨んだ。その精一杯の抵抗も素知らぬ顔で刹空はもう一度明天の体を眺めると、ふと違和感を覚えた。
明天の片手には木槌がしっかりと握られていた。これだけの激痛に襲われながら、決してそれを離さなかったようだ。つまりそれは――
「クソったれ!」
突き刺さる雷撃から無理やり体を外し、片手に力強く握られた木槌で刹空の頭蓋を打った。
刹空は明天の異変を寸前に察知していたため、ぎりぎりで体が反応して致命傷を負わずに済んだが、それでも痛打に変わりはなかった。脳を揺さぶられ、頭からは血も流れ出た。
明天の次の一撃は届かず、刹空の怒りに満ちた足蹴で蹴倒され、互いに距離を取り直した。
「謀りおったか!」
息を切らし刹空は吠える。傷口を押さえる手は激しく震えていた。
「痛み分けだ馬鹿野郎。死ぬかと思ったぜ」
その言葉に嘘はない。刹空の雷撃が利いていたふりをしていたわけではなく、痛みに耐えながら、雷撃の理を分析し、それをすり減った心の理で無効化に至らずも弱めることに成功して磔から脱し、気力だけで持っていた木槌で反撃に転じることができたのだ。
なんとか一命を取り留めたものの、明天が優勢になったわけではない。心身は摩耗し、頼みの木槌もボロボロになっていた。一方で刹空は頭にダメージを負っているだけで、戦うには充分に体力が残っているように見えた。
たったの一撃ではあったが、それが刹空の怒りに触れる一撃であったのは間違いではない。余裕のある表情は消え、怒りを剥き出しにした顔つきに変わっていた。
「人間如きが、図に乗るなよ! 至極の仙雷で焦がしつくしてくれるわ!」
刹空が片手を天に掲げると、空の色が暗くなった。どこからか現れた黒雲が明天たちの真上で唸った。
「仙雷妖光・竜葵」
雲から明天に向けて照明のような光が差した。唸り続ける黒雲から閃光が垣間見え、次第に大きく轟き始めた。
明天は自分に当てられた光が狙いを定めたものであると気付き、光の外に逃げようとする。
半径は5mはあるだろう光の照射の中を走り出すと同時に雷は落ちてきた。情け容赦なく降り注ぐ雷の雨を全力で走っていき、そして運良く一度も当たらずに光の外に出ることができた。雷は依然、光の照射の中だけに落ち続けていた。
明天は息を切らし、その場で膝をついた。逃げ切ることに全ての体力を使い、立ち上がることもできない、その疲弊した瞬間が本命だった。
「ご苦労であった」
刹空はその言葉を手向けとした。明天の足元に小さな電流が湧き上がったかと思うと、次の瞬間に巨大な雷の柱が昇った。
明天の影だけが外から見えたが、それもすぐに散り散りになって消えた。雷の柱も後を追って消えていくと、そこには明天の跡形もなく、焦げきった地面だけがその名残を伝えていた。