運命の宣告
明天は羽黒が残した気配を頼りに後を追っていた。
常人はおろか、理に精通する人でもそれを感知するのは困難だが、明天には容易いことだった。元々、人間の持つ『心』の理を読み取る能力が優れていることに加え、長年共に暮らしていた弟子の理ならば、間違える道理が存在しなかった。
そうして迷うことも立ち止まることもなく羽黒を追いかけていたのだが、突如目の前に1人の青年が立ち塞がり、明天を呼び止めた。
「少し待ってくれないか、明天暁冶殿」
明天は不審に思いながらも、敵意は感じなかったので青年に従い足を止めた。
「素直で助かる。止まってくれなかったらどうしようもなかった。僕が貴方を引き止める手段は言葉しかないから」
「俺はお前を知らない。俺のフルネームが分かるってことは……陰陽連か?」
男は不敵な笑みを浮かべながら、人差し指を大きく振った。
「ノー。僕は『瞳』の竜聖の眷属だ」
その言葉で明天は合点がいった。尚更、彼が自分を引き止めた理由を知りたかった。
「そっちのお仲間か。ってことは、奴さんからの言伝でもあるのか?」
「イエス。貴方にとって重大な『予言』を預かってる」
「へえ、それはどんなもんなんだ?」
明天の問いかけに青年は間を作った。明天と後ろで様子を伺う飛跿乃に交互に目をやり、さんざんもったいぶった後、こう言った。
「この先で貴方たちは死ぬ。強大な力に屈してね」
「な、何を根拠にそんなこと言ってるんですか!」
飛跿乃が動揺を見せながらも、話に割って入った。
「先生、こんな怪しい人の言うこと、真に受けちゃいけません。何が予言ですか! デタラメ言って脅かそうとしてるんですよ。悪趣味な人!」
飛跿乃は明天の腕を引っ張り、先に行こうとした。
「こんなとこで突っ立ってたら羽黒君を見失っちゃいますよ。さっさと行きましょう」
飛跿乃が強引に連れて行こうとしているが、明天は一歩も動かなかった。逆に飛跿乃を引っ張り返し、動けないように肩をしっかり掴んだ。
「嘘でもデタラメでもないはずだ。なんせ竜聖の予言だからな」
「竜聖やら予言っていうのはなんなんですか。先生が信じるほど、素晴らしいものなんですか」
「ああ、素晴らしいぜ。到達点をそう称賛しなければ、自分の否定になる。理由なんてはっきり言っていらないが、この野郎の言葉を信じるのにはこれくらいで充分だ」
飛跿乃は釈然としなかったが、師匠にはこれ以上逆らえずに口を閉じた。明天は青年との会話を再開した。
「それで、俺たちはどうやって死ぬんだ?」
「予言が示したのは些細な切欠と結果だけ。貴方たちが弟子を追い、そして死ぬ。それが確定未来の答えだ」
「めんどくせえ予言だな。だが、そんな忠告をしに来てくれたとしても、行き着く先が変わらないことは分かってるだろ?」
「彼女はそうは思っていない。寧ろ、未来を変えようとしている。それが自分に課せられた使命といわんばかりにね」
「殊勝だねえ。英雄にでもなるつもりか?」
「そうだ」
明天が冗談で言った言葉に、青年ははっきりと返した。それに明天は目を丸くしたが、次第に彼のその三文字だけの肯定を飲み込み、理解した。
しばらくの沈黙が流れた後、青年は向きを変えて立ち去ろうとした
「僕はあくまで伝えに来ただけ。選択は貴方にある。その選択が彼女に希望を齎してくれることを期待しているよ」
青年は惜しむことなく、去っていった。
彼が見えなくなった後、明天は飛跿乃を見下ろした。
「飛跿乃、お前は和己の所に戻ってろ」
「……先生1人で行くんですか?」
飛跿乃の目はなにかを訴えていたが、明天はそれを読み取ろうとはしなかった。
「たとえ死ぬ運命が待っていようと、それが閃を追いかけない理由にはならない。だがその運命を変えられるとしたら、お前を死から逃れさせることくらいはさせてもらえるはずだ」
飛跿乃の潤んだ目が訴える言葉には明天は頷かなかった。代わりにぎこちない笑みを返した。
「あれだ、お前に足引っ張られて死ぬ運命なんだ。だから、お前がちゃーんと留守番してりゃ、生きて帰ってこられる。閃と一緒にな」
「……分かりました。待ってます」
飛跿乃は感情を堪えてそう言った。
明天は飛跿乃の頭を乱暴に撫でた後、その場を走り去った。青年の忠告は胸にしまい、今は羽黒を連れ帰ることだけを考えることにした。