嫉妬
明天は血吸いの銀環を羽黒に見せつけた。
「これのせいだろ? お前が俺を襲い、夜色の幻想を奪っていったのは」
羽黒は銀環を黙って見つめていた。
「自分ではなく弟弟子である和己に自律理源が託されたことへの嫉妬。正直、そんな感情を閃が持つなんて思ってもいなかったが、斬りつけられた瞬間にそれに気付いた。感情が豊かなのは喜ばしいことだ。正と負の感情があってこその人間だからな。しかし、負の感情に飲み込まれんのは良くない。今のお前は嫉妬を引きずったままで、負の感情に心を委ねてしまってる。つまりは自分を見失ってるってことだ」
「分かったような口を……」
羽黒は聞こえないほどに小さく呟いた後、明天にも聞こえる声量で言葉を続けた。
「俺は生まれ変わった。死人のように生きる未来から救ってもらった。だから俺はあの御方のために生きる。他人がそれを否定する権利はない」
「ははーん……そうか……」
明天は銀環を指の上で静止させた。そして指先で突くようにして跳ね上げると、それと同時に立ち上がりながら宙に浮いた銀環を掴んだ。
「重症だな、こりゃ。気が乗らねえが、お前を駄目にした女の場所を吐かせることにしよう」
「……俺が言うとでも?」
「すぐに言いたくなる」
明天は銀環を羽黒に向けて振った。すると細い棒のようなものが飛んでいき、羽黒の肩に突き刺さった。
「ぐあぁっ!?」
鋭い痛みが走り、羽黒は思わず声を出した。肩には銀色の細長い釘のようなものが貫通し、そこから血が流れだしていた。
「まずは体を甚振る。その後でお前の頭から女の情報をほじくり出してやる」
銀の釘が矢継ぎ早に放たれる。羽黒は大鎌で弾こうとするが、全ては防ぎきれなかった。
釘が刺さる度に大鎌を振るう力が落ちていき、最後には持つ力さえなくなって膝と共に鎌は地についた。
明天は針の山となった羽黒に近づいて頬を掴み、顔を寄せた。
「お情けだ。自分で女の情報を言えば、頭は覗かずに済ましてやる」
羽黒は浅い呼吸をしながら言葉を返した。
「……あの御方に何をするつもりだ?」
「大事な弟子を狂わせたんだ。当然、殺す」
淀みなくそう言い切る明天に、羽黒の目の色が変わった。抵抗を試みようと大鎌を手に取ろうとするが、その前に釘を額に差されて手が止まった。
「こんだけやりゃ吐いてくれると思ったんだが、残念だ。仕方ないから、頭ん中見させてもらうぜ」
明天は釘を深く差し込むため指でゆっくり押していった。しかし、明天の腕を飛跿乃が掴んで引き止めた。
「手を離せ、飛跿乃」
「嫌です。流石に可哀想ですよ。ちゃんと羽黒君の口から事情を聞くべきです」
「それが出来ないからこうやってんだろ?」
「そうですけど、でも……でも、やりすぎですよ、いくらなんでも」
「はあ……お前なあ、解決策持ってきてないなら邪魔すんなよ。面倒が増えただけじゃねえか。おら、さっさと離せ、バカウサギ」
「嫌です!」
「ほんっとにめんどくせえ。お前にもぶち込んでやろ……」
2人が言い争う間に、羽黒は気力を振り絞って明天を突き放した。
明天は飛跿乃諸共ひっくり返ると、その隙に羽黒は闇を纏いながら逃げていった。
明天の上にのしかかっていた飛跿乃がその残影に向かい叫んだ。
「羽黒君、待って!」
しかしその声は届かず、羽黒は消えていった。飛跿乃は呆然としたまま、羽黒が消えた方向を見続けていると、下敷きになっていた明天が無理やり起き上がった。
「いつまで乗っかってるつもりだ、アホウサギ」
飛跿乃は悲鳴を上げて倒れたが、明天は手を差し伸べはしなかった。それも仕方ないことだ。羽黒を逃がすきっかけを自分が作ってしまったのだから、と飛跿乃は省みた。
怒られることすら覚悟していた飛跿乃だったが、明天は責めてはこなかった。飛跿乃が恐る恐る立ち上がると、それを待っていたかのように口を開いた。
「都合がいい展開になってきた。閃が逃げた先は間違いなく女の場所だ。追うぞ」
「え? あっ、は、はい」
飛跿乃はいつになく早足で歩く明天についていった。その背中を見ながら、問いかけた。
「あの、女の人を見つけたとして……本当に殺しちゃうんですか?」
「……嫉妬だ」
「今、なんて言いました?」
「うるさい、黙ってついてこい!」
妙に大きな声で誤魔化して足を更に早めた。行き先も分からない飛跿乃は置いていかれないよう、必死についていくことしか出来なくなった。