死神との再会
明天は社務所を出ると、声を出しながら大きく伸びをした。
「はああ……っと。一件落着だな。よし、帰るか」
「そうですね……って、待った待った! 大事なこと忘れてるじゃないですか!」
「ん? なんかあったかな」
飛跿乃は急かすように明天の服を引っ張った。
「羽黒君ですよ、羽黒君! 彼がどこにいるのか、戸張君に聞かなきゃ」
「あー、閃か。別に和巳に聞く必要もないだろ」
明天は鬱陶しく引っ張ってくる飛跿乃の手を掴み、社務所から離れようとした。
「聞かない理由はないじゃないですか。そこまで面倒臭がらないでください」
「めんどくさがってるわけじゃねえよ。俺たちはここまで辿り着いた。だから、わざわざ探しにいくまでもないってだけだ」
「何言ってるかさっぱりです」
「すぐに納得する……ほら、来たぞ」
明天が鳥居の方に顔を向けると、飛跿乃も視線を移した。そこから歩いて近づいてきたのは、黒いマントに身を包んだ男だった。
「よう、閃。久しぶりだな」
男は驚いたような表情を一瞬見せたが、すぐに表情を戻して明天を睨んだ。
「殺したと思っていたんだが、まさか生きている上にこんな場所で再会するとは」
「師匠を舐めすぎた。あんなんじゃ死にはしないし、弟子は何処までだって追いかけてやる」
「戸張君に丸投げだったくせに」
飛跿乃が小声で言うと、明天は飛跿乃の頬を手の甲で軽く叩いた。飛跿乃は痛がりながらも、羽黒に話しかけた。
「羽黒君、心配してたんですよ。見ての通り先生はピンピンしてますし、あんま怒ってないですから戻ってきてください」
「その選択はない」
羽黒は短い言葉を吐き捨てた後、視線を微かに動かした。さりげない動きにも関わらず、明天はそれを見逃さなかった。
「探しものか? 俺のことを二の次に出来るくらい大事なもののようだが……女か?」
明天は冗談として言ったつもりだったが、的中してしまったようだ。羽黒の目つきが変わり、明天を睨んだ。
「図星かよ。はあ、これが親離れってやつなのかねえ。それを甘んじて受け入れてやるのが親の務めなんだろうが、俺を斬ったことと『時計』を持ってったことがその女に関係してるなら意地でもお前を連れ戻すし、その女にも罪を償ってもらうぜ」
羽黒は無言のまま片腕をマントから出した。その手から黒い霧のようなものが漏れ出てくると、やがて形を成しておぞましい大鎌が現れた。
「どうしましょう。羽黒君、戦う気ですよ」
「いいじゃねえか。閃がどれだけ強くなったか、直接確かめるとしよう」
「何を呑気なこと……」
飛跿乃は呆れたように言うが、戦いを止めることはしなかった。今までずっと怠そうにしていた明天の顔が、正気を取り戻したかのように活き活きとし始めたからだ。飛跿乃はこの戦いの決着を黙って見届けることにした。
明天は羽黒にゆっくりと近づいていった。血吸いの銀環を指でくるくると回しながら羽黒の出方を伺う。羽黒は明天が大鎌の届く範囲まで来ると、明天の首に目掛けて大鎌を素早く振った。
明天は大鎌が振られる寸前に一歩後ろに後退していた。羽黒の攻撃は空を切る結果に終わるが、力の入った一振りであったために羽黒の体勢が大きく崩れて隙となった。
「らしくないな。自分の持ち味を忘れたか?」
明天はその場から動かずに言葉だけをぶつけた。相変わらず銀環はテンポが変わることなく回り続けていた。
ほとんど棒立ちであったがために、羽黒が体勢を整え直すだけに留まらず、逆に隙と見られて再び攻撃を仕掛けられた。しかしその攻撃も同様に難なく躱される。続けざまにもう一度、二度、三度と繰り返すが、どれも結果は同じだった。
明天は四度目の攻撃を躱して、大鎌の柄を掴んで止めた。
「違うだろ? お前のパーソナルは心を体から分離させる力だ。今のはただ俺の体を切り刻もうとしてるだけ。俺に不意打ちした時と一緒だ。投げやりになるなよ」
「……お望みならば刈り取ってやる!」
羽黒は明天の手を振り払うと、大鎌の刃を撫でた。すると鈍い光を放っていた刃から黒い靄が滲み出始め、それが羽黒の体をも覆っていった。
羽黒が放つ闇の力は明天の想像を超えていた。羽黒自身の成長なのか、それとも自律理源である夜色の幻想がもたらす力なのか。不穏な闇の塊をしげしげと眺めながら考えていたが、それが仇となった。
闇の中から黒い影が吐き出されたかと思うと、素早く明天の背後に回った。明天が視認したのは自分の体を貫く反り返った刃だけだった。
刃が抜かれると同時に、明天は倒れた。背後に立っていた羽黒は刃の刺さる色のない炎のような物体を摘んで刃から外した。
「もう俺はあんたを超えている。今更あんたの所に戻って何を得られる? あんたは俺に何をしてくれるっていうんだ!」
羽黒は摘んだそれに向かって怒鳴った。揺らめくそれを手のひらに持ち直すと、少しずつ指に力を入れて握り込もうとした。
「終わりだ。あんたを殺して、過去と決別しよう」
「決別だって? 何を抜かしてやがる」
聞こえるはずのない声が耳に届き、羽黒の指が緩んだ。
「自分の過ちを消すことなんて出来やしない。ましてや、過ちを重ねることで上書きしようって腹積もりなら馬鹿にも程がある。お前がしなきゃいけないのはそんなことじゃない」
羽黒の手にあったそれは独りでに浮き上がり、宙を泳ぎながら明天の方に向かった。
明天の体の中に溶け込むようにして入っていくと、明天が怠そうに声を出して目を覚ました。
明天はその場で胡座をかいて羽黒に向き合った。
「ちゃんと理解しようぜ、閃。自分のことをよ」