気まぐれな幸運
再び雑踏の中を歩く蒼見は、目を凝らして羽黒を探す。すれ違う男の顔を注視しては、すぐに別の男に視線を移して手際よく見定めていく。
違和感を覚えさえすれば、羽黒である可能性は高い。その微かな感覚に全身全霊を注いで街を彷徨っていると、思わぬところから注意力を奪われた。
足に子供がぶつかった。蒼見は無意識にその子供を目で追うと、その姿を見て一気に興味が湧き上がった。
現代にそぐわない古めかしい衣服を纏い、大きな耳と黒い尾を持ったその子供は、下駄を軽快に鳴らしながら人混みを掻い潜っていく。蒼見は見失わないように、急いでその子供を追いかけた。
徐々に市街地から離れていき、人気の少ない住宅街に入っていった。子供は振り向くことなく全力で走っていく。蒼見は弄ばれている気さえしてきたが、追うのを止めず一心不乱についていった。
行き着いた先は小高い丘だった。丘の頂上には一本のケヤキが立ち、紙垂の付いた縄が巻いてある幹の根元で、その妖怪の子供は待っていた。
「へへーん、わちきの勝ちだね」
意味不明なことを満面の笑みで言った。蒼見はその言葉を無視し、静かに詰め寄る。
「んー? まだなんかやるの? でもわちきね、はぐろんとも鬼ごっこしてるからもう駄目だよ」
蒼見の動きが止まった。目を見開き、妖怪の子に尋ねる。
「はぐろ……羽黒と言ったのか?」
「うん。はぐろんは羽黒っていうの。わちきがはぐろんって名前付けてあげたんだよ」
自分の直感的な行動が目的に繋がった。蒼見はこの機会をなんとしても、物にしたかった。
「羽黒は何処にいる?」
「だーかーらー、鬼ごっこしてるの。鬼がどこにいるかなんて知らないよーだ」
妖怪の子は舌を出して蒼見を侮蔑した後、木にもたれて体を伸ばした。
「あーあ、なんか眠くなっちった。ねえ、はぐろんが来たら起こして。それまでわちきはお昼寝だーい……」
か細い寝息を立てながら、彼女は眠りに落ちた。しかし、これは蒼見にとって都合の良いことだった。
妖狐と思わしきこの子供が羽黒を引き寄せてくれるだろう。その前に、夜色の幻想を奪取するための下準備をしておくことにした。羽黒はケヤキの縄に指を掛けた。