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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
星命夢現
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師匠と弟子

 雲ひとつない空から、太陽の容赦ない日差しが降ってくる真昼。革ジャンを肩に掛け、欠伸と溜息を交互にしながら、見すぼらしい顔をした男がだるそうに歩く。

「はあ、あっちいなあ。もう10月だってのになんなんだこの暑さは」

「北海道と比べたら仕方ありませんよ。我慢してください」

 キャリーバッグを引き、前を行く中性的な見た目の少女が振り返った。深く被った麦わら帽子からは白く細い髪が伸びていた。

「我慢ったってもう、俺は色々我慢してんだぜ? ああ、せんに斬られた傷が痛む……」

「とっくに治ってるくせに何言ってるんですか! もう、良い大人なんですからしゃっきりしてくださいよ、明天めいてん先生」

 明天と呼ばれた男は煩わしそうに目を背けた。その態度が少女の反感を買ってしまった。

「分かってますか? こうなったのも明天先生が面倒がって羽黒君を自分で追わなかったからなんですよ。怪我なんて3日で治ったのに、家から出たくないからって戸張君に全部任せちゃって……」

「うっさいうっさい、分かってるからさっさと道案内しやがれ、ポンコツウサギ」

「ポンコツですって!? 飛行機取ったの誰だと思ってるんですか? それに毎日の食事洗濯掃除、畑仕事だって私がやってるじゃないですか。こんな働き者をポンコツだなんて!」

「そんだけじゃねえか」

 明天は訴えをばっさりと切り捨てた。

「そんだけって、私は……」

「そんだけだよ、飛跿乃ひとの。お前はそれしか出来ない。俺の弟子なのに人間様なら誰だってやれることしか出来ないんだ」

「う、うぅ……でも明天先生のお世話は私にしか出来ないし……」

 声を震わせる飛跿乃に明天は容赦なく追い打ちをした。

「別に飛跿乃である必要はないんだよ。適当に家政婦雇えば、よっぽどマシだしな。なんならメシ代も随分浮きそうだ。本気で考えてみるとしよう」

「ええ……ひどい……ひどいです、明天せんせぇ……」

 飛跿乃は泣き出してしまった。明天は彼女が泣き虫であることを知っていながら、心にもないことを平然と言った。

 泣き止まない飛跿乃を慰めるでもなく、路傍に座り込んでペットボトルから水分補給をしていると、一人の男が横切った。男は泣き続ける飛跿乃の前で一瞬立ち止まったが、首を少し傾げて去っていった。

 男の様子を何気なく見ていた明天は、彼が見えなくなった後に呟いた。

「都会は怖えな。悪意が服着て歩いてやんの」

 明天の呟きに飛跿乃の帽子が少し浮いた。

「悪意……悪意ですか! いったいどこに悪意があるんですか、先生!」

 飛跿乃は急に泣き止み、赤くなった目で辺りを見回した。

「お前がビービー泣くのに夢中になってる間にいなくなった」

「くう、不覚……いえ、嘆いている暇なんてないですよね。探しましょう!」

 明天は熱い使命感に駆られている飛跿乃を冷ややかな目で見ているだけだった。不動の明天が引きずられるようにして連れて行かれるまで数秒も掛からなかったが。



 悪意に飲まれている男が去っていった方へ行くと、彼はすぐに見つかった。そして既にその魔手が幼い少女に伸びてしまっていた。

「明天先生、なんとかしてください!」

 息巻いた割に師匠頼りなところが、飛跿乃の情けないところだ。それでも幼気な少女を救わぬほどに外道ではないので、明天は溜息を吐きながらのそのそと男に近づいていった。

「おっさん、正気なら止めたほうがいい。今日日、ガキに触れようもんなら一発でお縄だ」

 明天の忠告が耳に入っていないようで、男はその手を引っ込めることなく息を荒げながら少女の首に掛けようとしていた。

 しかし、尚更妙に感じたのはこの少女の方だ。不審者が目の前にいて、その上に首を締めようとしてきているのに、全く動じることなく、後退することもなく、冷たい視線を男に浴びせ続けていた。

 ただ、その意図を熟考する暇などない。明天はすかさず男の腕を掴んだ。すると漸く、男は明天に気づいたようだ。

「駄目だ、この子は俺が先に目を付けたんだ。誰にも殺させない! 俺が殺す、殺す殺す殺す!」

 男は明天の方に向いて、焦点の定まらない目で睨んだ。

「あー、深いな。めんどくさ」

 男に手を振りほどかれ、じりじりと詰められた。どうやって鎮めようかと革ジャンを無為に放り、さりげなくポケットの中を探ってみると、指先に砂利のような感触があった。それを指の間に挟みながらもう片方の手を男の顔に被せた。

「ちょっと頭冷やしとけ」

 何かの衝撃を受けたかのように男は頭を揺らし、その後ゆっくりと膝を付きながら静かに倒れた。

 明天はポケットから指を抜き、人差し指と中指の間に挟まった小さな源石を顔に近づけた。

「これ、いつのだ? ……まあ、どうでもいいか」

 器用に中指で源石を弾き、道端に捨てると、煩い小言が背中に飛んできた。

「ポイ捨てしないでくださいよ! あんなに小さくても普通の石とは違うんですから」

「もう空っぽだからいいんだよ。あれはもう石以下のハナクソだ」

 明天はそう言って自らの鼻をほじり始めた。

「子供の前で汚いことしないでください! すごい見られてますよ」

 飛跿乃が少女を指差すが、それも如何なものかと明天は思いつつ、革ジャンの汚れを払いながら改めて被害者の少女に目を向けた。

 よく見ると少女はリコーダーを握っていた。それもかなり力のこもった具合で持っていて、男が首を締める瞬間を狙って反撃しようとしていたのが伺えた。

 小学校高学年くらいだろうが、この胆力の甚だしさは同年代の子供はおろか、大人ですら持ちえないものだ。未だに警戒を解かずに冷たい視線を送ってくる少女に明天はただただ感服した。

「明天先生、ぼーっとしてないでこの子の記憶処理しないと」

「いらねえよ」

「へ?」

 素っ頓狂な声を出す飛跿乃を無視し、明天はその場から去っていこうとした。飛跿乃は慌てて明天の後を追った。

「いやいや、いらないって。見られたら不味いものいっぱい見てるし、それに襲われたことがトラウマになっちゃうかもしれないですよ?」

「いいんだよ。ほっとけほっとけ。それよりも、飛跿乃。師匠の衣服にちゃんとした源石を忍ばせておけよ」

「出発前、ジャケットに入れたの忘れてます? もしもの時のためにって渡したじゃないですか、アレ」

「あー……そうだったか?」

 革ジャンのあらゆる場所を探ったが、出てきたのは一円玉だけだった。

「ないな」

「無くしたんですか? アレ、私の一族の秘宝ですよ? そんな大事な物を無くすなんて!」

「無くしてはない、たぶん。きっと家に置いてきたんだ。出る前にトイレ行ったからそこで何かしらがあって……置いてきた。以上。もうそれの話はなし。ほら、さっさと和巳ん家行くぞ。案内しろ」

「はぐらかしていい問題じゃないですよ! もう一回ちゃんと探してください。ズボンのポケットとかも……」

 ヒステリックな声は止むこと無く明天の耳に響いていたが、着実に目的地へ歩を進めていた。

 奇妙な二人組が去った後、少女はアスファルトに落ちている光るそれを見つけた。躊躇なくそれを拾うと、興味津々に眺め回しながら帰路に着いた。

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