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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
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終わりを告げる白

 死体となった六藤は虚ろな瞳を頼人に向ける。

「な、なんで……死んでるんじゃ……」

「死ぬ? ああ、これは壊れかけてるだけ。生き物じゃあるまいし、死ぬなんてことはないよ」

 頼人は六藤の言っていることが1つも理解できなかった。ただありえない状況に戸惑っているだけだった。

「さて、2回戦といこうか。君には1つ、借りを返さなきゃいけないからね」

 六藤は指先を頼人に向けた。指先から軋むような音がすると、そこから空間が歪んでいき電気が迸った。やがて完全に空間がねじ切れ、黒い小さな球体が出来上がった。

 それを視認したのは一瞬だけだった。それを見失った瞬間、頼人は脇腹に激しい痛みを覚えた。咄嗟に手で抑えて見てみると、抉られたかのような穴が空いていて血が溢れ出していた。頼人は痛みに吠えて、膝を突いた。

「痛かったろうに。本当は脳天を狙って即死させてあげようと思ったんだ。駄目だね、これは」

 六藤の指先がまた歪み始めた。頼人は折れた光の剣を六藤の頭を狙って投げたが、六藤の指先に吸い込まれるように軌道が変わり、刃と同じ様に深淵の中に飲まれて消えてしまった。

 黒い球体がまたしても現れた。今度は指先で留まり、その姿を頼人の前に晒し続けた。

「君のパーソナルはすごい。それは認める。でも意味がない。君が死ぬ理由も同じ。意味がない。私の世界で生きる意味がない。死んで」

 その言葉と共に黒い球体が消えた。頼人はその瞬間をまた見逃したが、先ほどとは違う理由で見逃した。頼人の前に急に人が現れたからだ。その後ろ姿に見える長い栗色の髪には、はっきりと見覚えがあった。

 静寂だった。彼女が現れた途端、何もかもが止まったかのように静まりかえった。永遠に感じるその静止に呼吸すら忘れていたが、彼女が振り返ったことで時間を取り戻した。

「よく頑張ったね。あとはボクがやるよ」

 微笑む顔と優しい声に頼人は安堵した。力が自然と抜けて倒れたが、目だけはしっかりと開き、その戦いを見守った。

「またか……また邪魔をするのか、琴木英理!」

 六藤は平静だった感情を爆発させ叫んだ。

「この世界は、此処に生きる命は、キミの物じゃない。それが分からないなら消えてもらうだけだ、虹原にじはら

「スカしてんじゃねえぞ、英雄気取りがぁっ!」

 六藤の頭上の空間が大きく歪み、空を覆うほどの巨大な黒い球体が出現した。球体は引力を持つかのように瓦礫を次々と飲み込んでいき、頼人も体を持っていかれそうになった。

 頼人は地面にしがみつくようにして持ちこたえながら、英理を見た。英理の手には竜の模様が描かれたカードがあった。

「“スイープ”」

 英理がそう言うと、カードは純白の羽箒に変化した。その羽箒を軽く振ると、英理の周囲に白い羽根が大量に舞い、更に英理が黒い球体に向けて羽箒を指すと、白い羽根は球体に向けて飛んでいった。

 羽根は球体の周りを囲むように展開した。完全に囲みきり、球体のほとんどが見えなくなるまでに展開が終わると、一気に球体の中心に向かった収縮した。

 引き込む力はなくなり瓦礫が落ちてくる。小さくなった羽根が意思を失ったように落ちてくると、そこにあった黒い球体は跡形もなく消えていた。

 英理は天を仰ぎ、驚異が完全に消えたのを確認しているようだった。その間、六藤は手のひらに黒い球体を作っていた。

「危ない!」

 それに気付いた頼人は声を上げる。それに気付き、英理がゆっくりと視線を六藤に向けた。

「終わりだァ!」

 その言葉と共に黒い球体が放たれるかに見えた。しかし、どこからか現れた小さな老人に六藤は蹴り飛ばされた。

「オイタが過ぎるネ。キョンシーの癖に」

 この老人もまた見覚えがあった。『虎虎』と自称する中国の老拳法家だ。

 虎虎は構えたまま、英理の方を向いてウインクした。

「やっと会えたネ。終わったら、一緒にお茶でもするアル?」

「考えておきます」

 英理は事務的な返事をした。虎虎に目を合わせると、すぐに六藤の方に視線を戻した。六藤はぎこちない動きをしながら立ち上がった。

「『竜聖りゅうせい』が2人……残念だが、この宿じゃ敵わないか。分かった、負けを認めよう。だが、負けたのは私だけだ。世界は既に変革した。また会おう、今度はもっとまともな宿でね」

 そう言うと、魂が抜けたように六藤は崩れ落ちた。それを見届けた英理は頼人の下に近寄り、体を楽な姿勢に直してくれた。

「英理、さん。俺のことはいいです。あの瓦礫の下に仲間がいるんです。もう……駄目でしょうけど、苦しいと思いをしてるはずなんで助けてあげてください」

「大丈夫だよ。大丈夫」

 英理は赤ん坊をあやすような穏やかな声で言った。その直後、花凛が埋まっている瓦礫が弾けて飛び散り、土煙の中から花凛を抱えた女性が現れた。その女性は以前、頼人が一度遭遇し、忠告をしてきた眼鏡の女性だ。

「ありがとう、リサ」

 英理はその女性にお礼を言うと、女性は小さく頷いて応えた。

「恐ろしいものね。あれほどの瓦礫に押し潰されながら、怪我がないんだもの。奇跡の生還と呼べるわ」

 眼鏡の女性、リサの言葉に頼人は起き上がって反応した。

「生きてるんですか! 花凛は!」

「ええ、無事よ。運命に感謝することね」

 リサは膝を地面に付き、頼人に花凛の顔を見せた。花凛は授業中に見せる間抜けな寝顔のような顔をして眠っていた。その顔を見て頼人は涙が溢れて、えづくほどに泣き散らした。

 英理たちは頼人が落ち着くのを待っていたが、虎虎が不意に上空を見て英理たちに声を掛けた。

「ヘリコプター! 軍隊のアルか?」

「日本に軍隊はないわ。あるのは自衛隊……あれはそれでもないみたいね」

 ヘリの音は近づき、はた迷惑な風を巻き起こして英理たちの前に着陸した。

 中から続々と降りてきたのは全身白装束の男たちで、彼らは素早く降りてヘリの横に並んでいった。全員が並び終わると、最後に法衣姿で長い顎髭を蓄えた中年の男と、同じように法衣を来た小柄な若い女が降りてきた。

「ミアズマを感じる……4時の方向、そこにミアズマの元がある」

 中年の男が目を閉じて天を仰ぐようにして言うと、白装束の団体は一斉にその方向に走っていった。残った中年の男と若い女は頼人たちに近付いてきた。

「安心なされよ。全てのミアズマ、それを纏った罪人たちはここにおられる『オメガ教』の開祖、蛾山秀晃がやましゅうこうが浄化した。貴方がたは救われたのだ。感謝なさい」

 女に蛾山と呼ばれた男は頼人たちには目も向けず、何かと交信するように空を見ていた。

「三文芝居はいらない。キミが宿であることは視えているんだ」

 英理は女をじっと見つめながら言った。

「……今日は挨拶だけだ。新たな世界、狂った世界が今から始まる。堪能するといい。『その時』が訪れるまで、どうかお元気で」

 白装束たちが戻ってきた。彼らの内の何人かがかりで六藤の死体を担いでいた。それをヘリに乗せると、蛾山と女もヘリに戻っていった。

 ヘリはまもなく空へ飛び立ち、呆気に取られている内に去っていった。それと入れ替わるように、サイレンの音が遠くから聞こえてきた。絶えず響いていた爆音はいつの間にか聞こえなくなっていた。

「新たな世界……狂った世界が……始まる……」

 頼人はうわ言のように呟いた。

「狂った世界になんてならないよ。ボクたちがいる限り」

 英理が頼人の頭を優しく撫でた。頼人は英理の手のぬくもりを感じながら眠りに落ちた。

 永い永い眠りだった。

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