表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
130/253

断罪者となりて

 巨大な看板と共に落下する頼人。頼人を受け止めるのは可能だが、その後看板に潰されてしまうだろう。

 花凛は冷静だった。まずは如意棒の先に咲く花を上に向けて頼人をそこで受け止めた。クッションのような柔らかさで頼人は無傷で難を逃れた。しかし、花凛が気を使うことなく如意棒を振り直し、地面に尻をついてしまった。

 頼人を払い落とした花凛は続けざまに看板に向けて、無数の花弁を発射した。先ほどとは打って変わってダイヤモンドのような硬度で看板を貫いていき、原型が留めなくなった細かい残骸だけが花凛たちに降ってきた。

 残骸が降り止み、花凛は如意棒を見る。花弁はほとんど残っていなかった。

「あと少し……でも、使うかな? あとは弱った奴を相手するだけだし」

「まあ、僕の理もあるし余裕でしょ。ウィニングランってかんじだね」

「なにそれ、意味分かんないけど」

 花凛は笑うのを堪えながら応えた。

「はあ、死ぬかと思った」

 尻を気にしながら頼人は立ち上がった。花凛は頼人の顔を見ると、いよいよ我慢できずにニンマリと笑った。

「まあまあの出来ね。でも70点。やるなら一発で仕留めなきゃ」

「じゃあ花凛は30点だ。加減して飛ばしてくれればもっとスマートにやれた」

「あーあー、そんな評価なわけ。誰のおかげで怪我もせずに地上に帰ってこれたのかなー?」

「……ごめんなさい」

「ふふっ、よろしい」

 花凛はご満悦な表情をして頼人の額を突いた。

「さて、そんじゃ六藤を探しに……」

 異様な音に気付き、花凛は言葉を止めた。音のする背後に振り返ると、崩れかけのビルが此方に向かって倒れてきていた。逃げるには既に遅く、2人はビルの倒壊に巻き込まれる他なかった。

 ビルが2人を押し潰したかに見えた。しかし、完全に倒れることなく側面がぎりぎりのところで浮いていた。

 その原因は花凛だった。花凛が己の持つ全ての力を如意棒に託してビルを支えていた。如意棒を持つ手は震え、足も折れそうになるのを我慢し踏ん張っていた。

 頼人は唖然としながら花凛を見た。花凛の顔は真っ赤になっていて、歯を食いしばってその荷重に耐えていた。

「に、逃げて……」

 花凛は振り絞るように言う。

「で、でも、花凛は……」

 見捨てられるはずもなく、頼人はその場で狼狽えていた。徐々に下がりつつある天井に花凛の限界が近いことが悟られた。

 痺れを切らした花凛は残っている力で頼人を思い切り蹴飛ばした。頼人は軽々と飛ばされ、暗い天井から弾き出された。それと同時にビルが轟音と共に倒れた。

 蹴り出された頼人は瓦礫の中に横たわった。蹴られた痛みを忘れるほど、今の状況に混乱していた。

 原型のなくなったビルの瓦礫に走る。花凛のいるであろう場所まで這い上がり、瓦礫を無我夢中で掘った。しかし、頼人に出来たのは小さな破片をどかす程度で、重く分厚い瓦礫に阻まれた。それでも他の場所から掘って花凛の所に行こうとした。

 そうして掘っていくと、見知った物が頭を出した。如意棒だ。如意棒は先端にあった花を散らして、基部の総苞だけが寂しく残っていた。

「花凛、花凛!」

 叫ぶようにして名前を呼びながら如意棒の根を掘っていくが、もう頼人の手ではどうしようもなかった。

 絶望を分かっていても、無意味だと理解していても、頼人は悪あがきを続けた。指先は血で染まっていたが、関係なかった。

 他のことが目に入らなくなっていた頼人は近づく足音と気配に全く気付いていなかった。影が落ちてきても顔を上げなかったために、手加減のない蹴りが顔面に痛烈に命中した。

 仰け反り倒れて、頼人の目に映ったのは憎き仇、六藤だった。六藤は頼人の胸ぐらを掴み、タコ殴りにした。

「カジャの力などなくとも、お前程度なら素手で蹂躙できる!」

 六藤は頼人の戦意がなくなったように感じ、手を放した。

「さて、もう1人はどこだ? ……これは……そうか、そういうことか。残念だったな、カジャと引き換えに仲間が死んだか! 重い代償だったな」

 六藤は頼人を見下し、嘲笑した。

「お前はそこで見ているといい。この世界が終わる瞬間を。もうすぐだ、もうすぐ……」

 六藤はぶつぶつと呟き、頼人に背を向けて歩いていった。

 頼人はどうすべきか分からなくなっていた。花凛が死んだことで六藤に対する怒りは増した。だが、それ以上に喪失感が大きすぎて全ての感情が抑え込まれ、自分の意思も見えなくなっていた。

 無様に伏せながら、花凛の遺した如意棒を見ていた。すると、頼人はある変化に気付いた。如意棒の先に綿毛が生まれ始めていた。綿毛は瞬く間に大きくなり、そよ風に揺れていた。

 綿毛が風に乗り、頼人の所に飛んできた。頼人は手に触れた綿毛を見た。綿毛は微かに発光していたが、その光が強くなったかと思うと、手の中に暖かさが満ちてきていた。

 綿毛は次々と頼人にくっついていった。始めは暖かさだけだったが、次第に力が溢れてくるのを感じた。

 これは花凛からの激励なのだろうか。それとも叱咤なのか。どちらにせよ、戦えと花凛は言っているように頼人は感じた。ああ、そうだ。なんのために此処まで来たんだ。六藤を止めなくては。それが自分の使命だ。悪たる者を成敗すること、それが悪を制する力を持つ自分に課せられた使命。

 そして、奴を殺すことが復讐の遂行だ。傷つけられた者、命を奪われた者への禊を自らの死で償わせてやらねばならない。正義を実行する力を持っているからこそ出来る特権だ。

 頼人は立った。体は驚くほど軽かった。六藤の背中は見えていた。光の剣を発現し、頼人は特攻する。

 迫る気配を察知して、六藤は振り下ろされる剣を躱した。そして、剣を持つ手を掴んで拘束した。

「まだやる元気があったか。だが、さっきも言ったとおり……ぐおっ!?」

 頼人の膝蹴りが六藤の腹に入った。怯んだ隙に手を振りほどき、、先程の仕返しとばかりに殴打を繰り返した。

 漲る力は頼人の体も強くしていた。拳に込められる力は持ち前のもの以上になっていて、相手の反撃も反射的に躱したり、簡単に受け止めることができた。その圧倒的な力で怒りのままに殴り続けた。

 虫の息になった六藤を見下し、頼人は光の剣を喉元に突きつける。

「これでも足りないくらいだ。お前のような、人間の皮を被った悪魔は地獄で永遠に苦しめばいい!」

「困ったな。致し方あるまい」

 頼人は剣先を心臓の辺りに移し、勢いをつけるために引き上げた。その僅かな時間に六藤はジャケットの内側から拳銃を取り出し、自分のこめかみに充てがった。

 五月蝿いほどの銃声に頼人の手が止まった。頼人が手を下す前に六藤は自決した。虚ろな瞳は頼人を見たまま動かなくなっていた。頼人は気味が悪くなり、後退りした。

 六藤は死んだ。しかし、自分の中にある怒りや憎しみは治まっていなかった。立ち尽くしながら、剣を持つ手には力が入っていた。

 死体に半歩近づき、剣を掲げる。死してなお見続けるその顔に向けて振り下ろした。

 剣がガラスのような音を立てて折れた。折れた刃が深淵に飲まれ消えていく。

「痛い。苦しい。気持ち悪い。最悪だ、最悪の『宿』だ」

 死体が喋り、ゆっくりと起き上がった。

「ふう……はじめまして、光の少年」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ