くるくるプロペラかわいいね
倒壊する建造物群の中心地は既に何もかもが破壊されていた。人の気配もなく、微かに残った火の跡と壊れたパイプから滲み出る水、ぬるい風が送ってくる残煙と土埃だけが残る終焉を匂わせる世界が出来ていた。
頼人と花凛はその世界に入り、悲惨さを肌に感じながら六藤を探した。
なだらかに積もった瓦礫の山に六藤は立っていた。崩壊の続く外の世界に目を向けてばかりで頼人たちには気付いていないように見えた。
六藤の姿を目視した頼人は攻撃を仕掛ける。不意打ちの光弾を飛ばすが、六藤は光弾に目をくれずに軽く体を傾けるだけでそれを避けた。
「子供の内はもっとフェアな精神に傾倒すべきだと思うよ。でないと性格が歪む」
六藤は頼人に目だけを向けて言う。
「フェアだなんだって言うけど、あんただって戦う気見せておいて逃げてるじゃない」
花凛が切り込むが六藤は動じずに言葉を返す。
「逃げてはいない。戦い場所でやり合いたかっただけだ。ここならお互いに気負いなく戦えるだろ?」
「お気遣いどうも。じゃあ、さっさと正々堂々、戦おう」
花凛は如意棒を振りかぶり、六藤のいる方に叩きつけるように振り下ろした。如意棒は瞬時に伸びて六藤に届いたが、寸前で跳躍して回避された。
瓦礫の山が砕けて、破片が飛び散る。花凛はそれをものともせず、六藤の着地場所に走り、もう一度如意棒を振るった。
着地直後を狙ったので、回避はされなかった。しかし、脳天目掛けて下ろされた如意棒は腕でガードされてしまった。
「惜しかったな。だがこれでは私の命には届かないぞ」
「ふーん、そっか……分かった、前言撤回」
花凛は後ろに飛び退きながら言った。
「正々堂々はなし!」
光弾が花凛の脇腹を通って六藤を襲った。防御していた腕に当たったが、六藤は顔色一つ変えずに、光弾が当たった部分を見た。
「そうか。これがあの……」
六藤が気を取られている内に頼人は2撃目の準備をしていた。今度は小さい光弾ではなく、六藤の体を全て飲み込むほどの巨大な弾を発現した。
大きさに比例して光度は増していき、六藤も強烈な光を感じて顔を上げた。その巨大な光の塊は全てを照らし尽くし、それ以外を目にすることは出来ないほどだった。
御しきれないほどに育った光弾は、ひとりでに頼人から離れて撃ち出された。頼人も花凛も眩しさで目を覆いながらも、行末を見守った。
光弾は全てを飲み込みながら突き進んでいった。それが止まったのは遥か遠く。空に逸れて消えた。
六藤が居た場所には何も残っていなかった。瓦礫が小さな音を立てて崩れた。
「やった、か?」
頼人がそう呟くと背後から声が返ってきた。
「食らっていたら、やられていたかもな」
頼人と花凛は振り向く。そこには六藤が何も変わらない姿で立っていた。ただ、彼の肩には扇風機のファンのような物体に、胴体と手足が付いた謎の物体が乗っていた。その物体はファンを回しながら前後に揺れていた。
「花凛、あれだ。俺が見たやつ」
「なんか生き物みたい。杏樹のパーソナルと同じタイプ?」
「どうだろう。でも、俺の攻撃を避けて後ろに回ってきたのもあれのおかげかもしれない」
「どうやって避けたかは確かめるべきね。仕組みさえ分かっちゃえば、頼人の攻撃も当てられるはず。慎重にね」
「ああ」
2人は六藤と肩に乗る謎の生き物を注視しながら、じりじりと詰め寄った。
「急に警戒を強めたな。そんなに『カジャ』が怖いか?」
六藤は肩のそれを手に移して、誇示するように見せた。
「得体の知れないもの出てきて警戒しないほうがおかしいでしょ」
「出方を伺う、ということか。賢い戦術だが……」
カジャと呼ばれたそれが六藤の手から飛び立った。2人はカジャを見上げた。
カジャに目がいった一瞬の隙に、六藤は凄まじい速度で頼人に接近し、鳩尾のあたりに蹴りを入れた。ただの蹴りとは思えない重撃を受けて頼人はえずき、膝をついた。下がった頭を六藤は力強く踏もうとするが、如意棒が受け止めた。
花凛は如意棒に加わる力の強さに押し負けそうになった。理を最大限に使って抵抗する一方、六藤は涼しい顔で軽そうに踏みつけていた。
六藤は苦しむ花凛の顔を見ながら、不意に足を如意棒から外した。花凛は渾身の力をすかされて大きく仰け反りながら倒れた。
「甘かったな。カジャだけが脅威となるはずもないだろうに」
花凛はすぐに体勢を立て直し、如意棒を構える。
「三福の押収品に如意棒がなかったが、お前が盗んでいたようだな。しかも、見事に御しているではないか」
「……褒めても手しかでないよッ!」
花凛は六藤へ飛び込み、拳をお見舞いする。理を十全に込めた拳だったが、六藤に容易く受け止められた。
「なんで!?」
「分からないか? 私とお前には圧倒的な差があるということを」
六藤は花凛の拳を弾いて、素早く体を回転させながら長い足で花凛を薙いだ。
花凛は如意棒で直撃を避けたが、それでも力に押されて吹き飛ばされた。瓦礫の山に突っ込み、衝撃が体全体に伝わる。
「くぅ……なんなのよ、まったく……」
「花凛ちゃん、花凛ちゃん」
如意棒が呼ぶ中、花凛は起き上がりながら返事をする。
「……どうしたの?」
「このまま無鉄砲に戦っても勝てないよ。あいつ、風の理を纏ってる」
「へえ、だからあたしの攻撃が全然効いてなかったんだ。でもあのパワーは何? 土の理で体を強くしてなきゃ、あんなパワー出ないでしょ。風と土を同時に使ってるの?」
「よっぽどの天才でもない限り、2つ以上の理を体内に留めてはいられない。そんな才能を持ってるとは思えないし、それに花凛ちゃんは気付いてないだろうけど、あいつ風の理源を手に持ってる。それ以外は理源らしきものがないから、間違いなく風の理だけしか使ってない」
「じゃあ風の理でパワーアップしたっていうの? そんなことできるなんて知らないんだけど」
「風の理自体にそんな効用はないよ。考えられるのはあいつ自身が持ってるパーソナルかな。それで身体能力を向上させてるんじゃないかな」
「パーソナル……ってあれじゃん」
低空で留まっているカジャを指さした。カジャはファンを激しく回しながら、六藤と抵抗する頼人を見ているようだった。
「あの変な生き物がパーソナルなんだから、関係なくない?」
「あれがパーソナルなら今どんな能力が発揮されてるんだい? 浮いてるだけの召喚パーソナルなんてわざわざ使う必要ある? 間違いなくあれが六藤に影響を与えてると僕は断言するね」
「……そこまで言うならピーちゃんを信じる。あれを壊せば、六藤は弱くなるってことでオッケー?」
「うん。でも簡単にやらせてもらえはしないはずさ。だから、やろうか。『ダンデライオン』!」
「よしっ、じゃあ準備。頼人を助けてから、あれをぶっ壊す!」
花凛は如意棒の先端に手を翳す。窮地に立たされている頼人をいち早く助けるため、漸く取得したパーソナルを発現する。