無謀なダイブ
止むことのない爆発と崩壊が壁一面のガラスを激しく揺らし、歪んだ音を立て続ける。
世界の終焉と見紛うその地獄絵図に頼人たちは絶句していた。一方で六藤は口元に笑みを浮かべながらその光景を眺めていた。
「ひとまずは成功といったところか。どうだ、圧巻だろう? 平穏と安寧に満ちたこの街が、一瞬で恐怖と混乱に支配される。破壊とは力を持つ者に与えられた特権だ、使命だ。全てを破壊しつくした後、ようやく神が降臨する。新たな世界を作るために! そうだ、世界を統べる者になれる……あと少しだ……」
最後は独り言のようにぶつぶつと呟き、頼人たちのことなど忘れてしまっているように見えた。その隙を突いて頼人は光弾を六藤に向けて撃った。
光弾は揺れる六藤の耳元を掠めた。それが六藤を現実に引き戻してしまった。
「世界を終わらせる願いは叶った。お前たちの存在も終わる世界の中で勝手に消えていくだろう。だが、清算しなければならない。私の計画を尽く妨害した恨みをな」
六藤はガラスを拳で叩いた。すると、分厚いはずのガラスは薄氷のように割れて、大きな穴が空いた。
部屋の中に風が強く吹き込み、外の空気も流れてくる。煙の匂いや土埃、爆発の音、人々の悲鳴。六藤はそれらを背に受けて、嘲笑を頼人たちに残して穴から落下した。
「待て!」
頼人は声を上げながら、穴に向かっていった。そして六藤の後を追うように、躊躇いなく落ちていった。
「バカ、ここ何階だと思ってんの!」
無意味な罵声を上げて、花凛も穴に向かって走り、勢いのついたまま落ちていった。
地上から200mはあるであろう高さからの降下は何の装備もない頼人にとって自殺行為でしかなかった。すぐに追いかけた花凛だったが、頼人との差は縮まることはない。
「ピーちゃん、お願い!」
「はいよ!」
花凛は如意棒を頼人の元に伸ばした。頼人の脇にまで伸ばしたが、全く気付く様子がなかったので、如意棒を振って脇を突いた。
それで気付いた頼人は如意棒を両手で掴んだ。すると、如意棒は急速に縮んでいき、花凛を頼人の所まで連れて行った。
花凛は頼人の腰に手を回して、耳元で怒鳴った。
「考えなしでダイブするな! 死にたいの?」
「あー……ごめん。でも、どうする? このままじゃ、俺も花凛も助からない」
「なんとかする! ピーちゃん、もうひと働き頼むよ!」
「何する気か分からないけど、覚悟は出来てるよ、カモン!」
花凛は背中を地面に向け、頼人を胸の上に抱えた。地上に到達する瞬間を見極めて、まもなくというところで如意棒を最大限の力を込めて振るった。
轟音と共にアスファルトが砕け散った。小さなクレーターができる程の衝撃だったが、頼人は体に軽い痛みを覚える程度で済んだ。
「くぅ……い、生きてる……花凛?」
下敷きにしていた花凛の顔を見る。かなり顔を歪ませていたが、頼人の呼びかけには応えた。
「いくら理とピーちゃんでカバーしても、この高さはキツいもんね……」
「大丈夫か? 怪我とかしてない? 痛いところとか……」
「心配するならまず、あたしの上からどきなさいよ」
「ああ、ごめん!」
頼人は跳ねるようにして花凛の上から降りた。
「はあーあー……マジで痛い……うんしょ、っと」
気怠そうに体を起こし、首や両肩をぐるぐる回した。
「当然っちゃ当然だけど、僕だけじゃ衝撃を全部吸収できなかったみたいだね。これでもかなり頑張ったほうだけど、ごめんね」
「ううん、ありがと。体は動くから問題ないし。悪いのは頼人だもん」
「え、俺が?」
頼人は怒りの矛先を唐突に向けられ、素っ頓狂な声を出した。
「そりゃそうでしょ。熱くなりすぎて、頭回ってないじゃん。もっと冷静に状況を見なよね」
「でも……逃げられたら困るし……それに……」
ぐちぐちと言い訳をする頼人に花凛は大きな溜め息を吐いた。
「もういい。分かった。頼人が冷静になれないならあたしがその分カバーする。でも、1人でなんとかしようとはしないで」
「……はい」
しおらしく返事をする頼人に花凛は手を差し出した。頼人は何の気もなしに握手しようとすると、思わぬ力に引っ張られてよろめいた。
頼人の手を無理矢理借りて立ち上がった花凛は驚く頼人を尻目に辺りを見回した。逃げ惑う人々と所々で起きる火災、サイレンの音もひっきりなしで響いていて、この世の終わりのような惨状だった。
逃げる人々を目で追いながら、周りを注意深く見る。いるのは何も知らない、か弱い人々だけ。六藤の姿は何処にも確認出来なかった。
「六藤はどこ? ていうかあいつも落ちて平気だったの?」
「間違いなく平気だよ。俺、如意棒を掴む前に見たんだ。小さいプロペラみたいなのを持ってて、滑空しながらどこかに向かっていってた」
「……それがあいつのパーソナルってわけ? まあいいわ。それでどこに行ったか分かる?」
「だいたいの場所は」
「よし、じゃあそこまで行くわよ」
頼人が先導し、六藤のいる場所へ向かう。人々の波に逆らいながら、より被害の激しい区画へと進んでいく。