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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
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外道の男

 エレベーターホールを抜けた大広間に仇敵はいた。

 ロングソファーにふんぞり返り、憎らしいほどにやけた面をして零子を待っていた。

「待ってたぜえ、ぜろ子ちゃん」

 零子は古錦の姿に目を疑った。あの時、片腕を吹き飛ばしたはずなのにその形跡すらなく腕が付いていて、更には数多の爆発が直撃して爛れていた皮膚も傷一つ存在していなかった。

 古錦の姿を不審に思いながら凝視していたが、彼が立ち上がると同時に思考を切り替えた。

「ここにはお前1人?」

「ああ、そうだよ。客も人質も六藤もいねえ。古錦勇とぜろ子ちゃんの2人だけの世界だ。まあ、本音を言うならもっとお友達が来てくれても良かったんだがな。それでも……」

 古錦はもったいぶって溜めてから、嫌らしく言い放った。

「愛しのぜろ子ちゃんをぶち殺せるんだからなあ!」

 零子の眼前で空気に揺らぎが起き始めた。危険を察知しその場から逃げると、そこで小さな爆発が連続して発生した。

 爆発に紛れて古錦が突撃してきた。バタフライナイフを展開し、切っ先を零子に向けた。

 零子は袖から梵字の書かれた札を出し、古錦に向けて投げた。札は手から離れると、火球へと変化して古錦を襲った。

 不意の迎撃に古錦は一瞬、足を止めたが、火球を軽く躱してお返しとばかりにナイフを投げつけた。しかし、いつの間にか現れていた土の壁に阻まれ、ナイフは虚しく床に落ちた。

 壁はその後、原型を留められずに崩れていった。古錦の前に再び姿を見せた零子は両手に何枚もの札を持っていた。

 零子が持っている札は、はな婆が護身用に持たせていた理の力が込められた呪符である。はな婆の言の力によって各属性の理が封じられていて、零子の心の理を感知して理が発動するようになっている。ただし、あくまで護身用であるため相手を倒すための力はほとんどなく、回避や威嚇などその場しのぎの力しか発揮できないものだった。

 そのひ弱な力で零子は古錦に対抗した。しかし、爆発とナイフで殺しにかかってくる古錦を何枚もの呪符を使って防ぐのに手一杯だった。古錦に反撃に転じられるほどの力がないことを感づかれるのは程なくしてだった。

「ハッ、こりゃ滑稽だな。そんな貧弱な理でよくこの俺様と戦おうと思ったな?」

「強い力を持ってるってことが戦う理由にはならない。それよりもっと大事な理由を持ってるから」

「大事な理由? ああ、分かった。俺のことが好きになったんだな。恋ってのは真剣勝負だもんなあ。一戦交えて勝たなきゃ実らない、ってか? どういう思考回路してんだ、おめーは」

「お前の思考回路の方がおかしい。不快だ」

「おー怖いねえ、ションベンちびっちまったぜ。まあ気持ちは多少汲んでやる。古錦勇様がじっくりねっとり可愛がってやるよ」

 古錦は舌なめずりをした後、言葉を続けた。

「さっきは俺様とお前の2人だけの世界だと言ったが、訂正しよう。今から最高に下品で下劣な玩具を呼ぶ。ダンディドール・タコ丸、出番だぜ」

 古錦がそれを呼んだ瞬間、零子は鳥肌が立った。零子の前に前触れもなく現れた薄汚れた人間サイズの人形。表面の塗料がところどころ剥がれ、不気味さが際立つ人形は直立不動で零子を見ていた。

「そんな怖がるなよ、タコ丸が可哀想だ。タコ丸はすげえんだぜ。一見普通の人形にしか見えないが、中には滴るほどの粘液で照る触手がぎっしり詰まってる。ここを叩いてやると、ほら」

 古錦がタコ丸の後頭部を軽く叩くと、口と耳の部分からタコのような吸盤を持った長く太い触手が謎の液体と共に飛び出した。触手はうねうねと不快感を覚える動きをし、少しずつ零子の方に伸びていた。

「おー、タコ丸も嬉しそうだ。久しぶりの遊び相手かもんな。見ろよ、ぜろ子ちゃん。この触手が今からぜろ子ちゃんを気持ちよくしてあげるからな。この古錦勇に飛び切りの嬌声を聞かせてくれ」

 触手が威勢よく零子に迫ってきた。零子は呪符で土の壁を発生させたが、触手は壁の脇をすり抜けた。

 すり抜けた触手は零子の両腕に絡みついた。更に後から追ってきた触手が腕を伝い、体の方へ徐々に伸びていった。

 土の壁が壊れて、古錦にもその姿が捉えられた。古錦は嬉々とした表情を浮かべていた。

「いいねえ、焦らしてくれるねえ、タコ丸くん! 俺はその嫌がる顔が最高に好きなんだ。さあ、頑張れ頑張れ!」

 服の内側に侵入した触手の吸盤が肌を擦る度に寒気がした。零子は体を振って振りほどこうとするが、密着した触手を引き剥がすのは不可能だった。この不快な感覚から逃れたい一心で抵抗を続け、気が付けば手に絡みついた触手に噛み付いていた。

 無駄な足掻きのように思えた行為だったが、効き目があったらしく、体に纏わり付いていた触手たちは一気に零子から離れて、床に力なく落ちていった。

「やっちゃったよ、一番やっちゃいけないやつ。触手は繊細なんだから噛んじゃ駄目だってー。咥えて舐めるくらいにしてやってよ」

 触手から解放された零子は違和感を覚えた。粘液に塗れている触手が体に纏わり付いていたのに、その粘液は体の何処にも残っていなかった。噛んだことで口に入った粘液も、吐き出していないのに消えていた。

 奇妙な現象を疑問に思うのも束の間、耳に響く爆音が零子の緊張を継続させた。

「しょうがねえ、俺様が教育してやる。男を悦ばせられる立派なオンナに仕上げてやるからな」

 再び古錦が零子に迫る。零子は袖から呪符を取り出そうとするが何も掴めなかった。まだ残っていたはずの呪符がなくなっていた。もしやと思い触手の方を見ると、何枚もの呪符が吸盤に張り付いていた。不運にも触手が零子の体から引っ込んだ際に付いてしまったのだろう。

 何も取り出さない様を見て戦う手段を持たないと見た古錦は迷いなく一直線に特攻してきた。

 零子が慌てることはなかった。逃げる様子もなく、襲い来る古錦をその赤い瞳で眺めていた。

「観念したか? じゃあお望み通りやっ……」

 古錦は派手に転倒した。床に落ちた触手を踏んでしまったようだ。走る勢いのままに、進行方向に倒れた上に、受け身を取ろうと手を付く先に触手があったために手が滑り、顔面を床に強打した。

「あがっ! いってえ!」

 無様な悲鳴を上げて蹲る古錦に、零子は冷ややかな視線を向けた。

「不幸が貯まったから返すね」

「はあ? 何意味わからねえこと言ってやがる」

 零子は静かに古錦から離れた。距離を取った直後、天井にぶら下がっていたシャンデリアが突然落ちて、古錦を下敷きにした。

「これから起こるのはお前への不幸だけ。ようこそ罪人、ぜろ子の領域へ」

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