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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
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新しい私、デビュー!

 動けなくなっても目は見えていた。光の傍で戦い、甚振られる主人を無力なままに見つめていた。

 それは純粋な想いだった。いつから自分の中にあったのか、覚えてもいなかった。強く、気高く、時折り幼い、そんな主人を守りたい、力になりたい、と。

 杏樹の窮地に、人形の意思はより一層強まった。腕が分離した頭に伸びて固い髪に触れる。

 髪が指先に絡まり溶け合うようにして体に吸収されていく。頭全てが取り込まれると、体は虹色の大きな玉となった。香のような煙を上げながら、玉は揺れ動く。

 みしみしと音を立て、玉の表面に亀裂が入った。亀裂は全体に広がり、破裂しそうに脈を打った。玉はそれを抑えきれず、小さな破裂音を立てて弾けた。

 弾けた玉の中から彼女は生まれた。意識を取り戻した彼女は、新たな自分に酔いしれることもなく、すぐさま動き出した。

 動き出したと言っても、彼女は一歩も足を動かさなかった。指から小さな虹色の玉を、杏樹と鈴星のいる方に打ち出すと、次の瞬間には鈴星の前に立っていた。

 杏樹を抱えた上に動きづらそうなドレスを身にまとっているにもかかわらず、生まれ変わった下僕、マリアージュは機敏に走って杏樹を鈴星の危害が及ばない場所まで運んだ。

 杏樹を下ろして振り返ると、鈴星は当然追いかけてきていた。マリアージュはまた指から小さな玉を射出し、その直後に鈴星の背後に現れた。

「杏樹様に近付くな」

 鈴星の襟を掴み、その体躯に見合わぬ怪力で後方に投げ飛ばした。鈴星は床に体を強く打って喚いたが、倒れ込まずにすぐに起き上がった。

 鈴星の視線はマリアージュがいた方に向いたが、そこに彼女の姿はなかった。薄闇を見回したが見つけられず、彼女を確認したのは頭部に痛烈な痛みを感じてからだった。

 鈴星の頭の上に現れたマリアージュは、うなじ辺りを狙って蹴りを浴びせた。前につんのめり倒れかけた鈴星だったが、身を翻しながら夜叉鋏で斬りかかってきた。しかし刃は空を切った。鈴星の瞳にはマリアージュの姿は映っていなかった。

 鈴星は自分の周囲に小さな虹色の玉がいくつも浮かんでいるのに気付いていなかった。その玉こそがマリアージュの持つ力であり、杏樹のパーソナルであるマリアージュのパーソナルだった。

 マリアージュ自身は『進化』のパーソナルである。杏樹は『意思を持つ』パーソナルだと思っていたが、それを遥かに上回る能力だ。マリアージュは戦いを経験をする度に、自分に足りない要素を付け足していき、次第に姿と思考を人間に近づけていた。そして人間と遜色ない状態となった今、杏樹の能力でしかなかったマリアージュは人間と同じくパーソナルを会得することが出来た。

 そしてマリアージュの持つパーソナルは、体が理で出来ている彼女だからこそ会得できたパーソナルである。彼女のパーソナルは『瞬間移動』。射出した虹色の玉に向けて自身を形成する全ての理を発生させることで、玉を核として自分を再構築することが出来る。いくつも玉を配置しておけば、常に相手の死角を取りながら攻撃することも可能となり、能力の正体に気付かれなければ無敵の能力とも言えるものである。

 実際、マリアージュは鈴星を翻弄しきっていた。反撃を一切許さない瞬間移動を続けて一方的な攻撃を与えていき、時間も掛からずに鈴星の膝を付かせることができた。

 マリアージュは虫の息となった鈴星の前に堂々と姿を現した。

「敗北を認めて武器を捨てろ。潔い態度を見せれば、杏樹様のご恩情を賜ることもあろう」

 鈴星は俯いたまま、荒い呼吸を繰り返すばかりだった。しかし、その呼吸の合間から泣き声のような、笑い声のような呻きが聞こえてきて、それは次第に呼吸音よりも大きくなった。

「エヘヘ、エヘヘへ……並木君、私、駄目だね……ちゃんと、言えてたらな……」

 鈴星の頭がぐらりと持ち上がった。

「今からでも、遅くない……かな……並木君、大好きだよ……」

 告白とともに血飛沫が上がった。鈴星は夜叉鋏を自分の首に突き刺したのだ。大量の血が噴出する様を、マリアージュは絶句しながら呆然と見ていた。

 鮮血が足元にまで届くと、マリアージュは我に返った。憐れみをその遺体に向けた後、瞬間移動して杏樹の下に戻った。

「杏樹様、杏樹様」

 名前を呼ぶが返事はなかった。杏樹も血を流しすぎていた。マリアージュは杏樹を抱えあげ、ホテルの入り口に走った。

「このような場所で死なせてたまるものですかっ……!」

 土壁に覆われた入り口を破壊し、外の世界に出た。目立つ姿のマリアージュと血塗れの杏樹に人々の視線が集まっていたが、それを振り切る速さで走り続けた。

 人々はその後姿を目で追っていたが、すぐに注意が逸れた。何処からか大きな爆発音が、2回、3回と轟いたからだ。

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