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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
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影と夜叉

 鈴星保香のパーソナルは実際は単純なものである。影を踏むことで、その影の主を動けなくするというものだ。

 その力を使い、先の戦いでは花凛の行動を封じて並木の毒を浴びせることに貢献していた。

 これに気付いたのはその戦闘が終わりに近づいた時である。鈴星が足元を気にしながら戦っていたことや、強引な攻めはせずに此方を誘導するように立ち回っていたことに違和感を覚えた。そして、鈴星の視線と接近時の細かい動きに注視したことで、その能力が判明したのだ。

 杏樹は自分の影の位置を確認した。天井にある複数の光源が、杏樹にそれぞれ明度の異なる影をもたらしていた。

 影が1つではない、というのは想定外だった。前回は屋外の戦いであり、日の光によって出来た影1つだけだった。複数の影、しかも太陽の光より遥かに弱い光によってできた曖昧な影が、果たして影を踏む能力の効果にどれだけ適用されるのかが分からなかった。

 真影だとか半影だとかいうものが関わってくる問題なのだろうとも考えたが、それを調査しながら戦うことの方がリスクがある。なので、この影全てを守りながら戦う選択を取ることにした。

 影を守るには単純に相手を近づかせないことが重要だ。射出や発生を駆使して足止めを繰り返して隙を作り、そこに人形が致命打を与えていくことが無難だろうと考えた。

 人形は杏樹の傍に戻っていた。策を言葉で伝えなくとも、自分の行動を見ていれば汲み取ってくれるはずだ。杏樹は何も口にすることなく、鈴星に向けて攻撃を始めた。

 牽制として放たれた理だったが威力がないというわけではなく、当たればそれだけで決着を見込めるほどの理力が込められていた。

 あわよくば、と思っていたが鈴星はそれらの攻撃を避けきった。此方に向かう足取りは変わらず、鋏を持った腕を機敏に動かして理をいなしていった。

 あの鋏は杏樹に取って不安材料の1つである。前回の戦いで杏樹がそれを目にすることはなかった。傍目から冷たさが伝わってくるそれの正体を考察するならば、おそらく自律理源だろう。鈴星が持つパーソナルはオーソドックスな属性の理によって発現していないことはすぐに分かることだ、だから、そのための特殊な理源が必要となる。あの鋏が彼女のパーソナルを支える重要な武器だと考えるのは容易だった。

 先の戦いであの鋏を目にすることはなかったが、その時、人形を倒すために使っていただろう。その後、なぜ使うことなく隠し続けたのは謎ではあったが、それを今推理する意味はない。とにかく近づかれないこと。影を踏まれてしまったら、あの凶刃で貫かれるのは目に見えていることだ。

 杏樹はそれを念頭に策を通さんと攻撃を続けた。距離が縮まる度に自身も後退して、安全な距離を保ち、落ち着いて鈴星に妨害を加える。人形も僅かな好機を見て、鈴星に近付こうと試みていたが、鋏の射程が予想以上に広いらしく、攻めあぐねている状況だった。

 それでも突破口を開くために、杏樹は攻撃の手を緩めず、そしてやっと鈴星の体勢を崩すことに成功した。

 すかさず人形が飛びかかり、右手に溜めた理を解放させようとした。鈴星は人形が眼前に迫ってきているにもかかわらず表情1つ変えなかった。それどころか人形に視線をくれずに足元を凝視していた。

 その視線の意味を知るのは、人形の動きが急に止まった後だった。鈴星は頭を垂れながら人形の背後に回る。

 人形の影には鋏が刺さっていた。鈴星がそれを抜くと、人形は前傾の姿勢から前に倒れそうになったが、すぐに鈴星が影を踏んで動きが止まった。

「これは邪魔」

 鈴星はそう呟くと鋏を開き人形の首に当てた。そのまま紙を切るようにあっさりと人形の頭を胴体から切り離した。

 重たい音と共に人形の頭が床に落ちる。鈴星が影から足を離すと、胴体も力なく倒れていった。

 鈴星は死体となった人形を一瞥した後、標的である杏樹に視線を戻してまたふらふらと近付いていった。

 杏樹の推測通り、鈴星の持つ鋏は自律理源である。その名を夜叉鋏やしゃばさみ。闇の自律理源であり、『過干渉』の特性を持っている。

 まず夜叉鋏は所持者の心に干渉する。所持者の強い思い、感情に反応してそれを増長させる。その感情が心の理を強化して、理が夜叉鋏に流れていくことで刃が大きく、鋭くなっていく。

 更に、強くなった感情が所持者の精神を支配するまでになると、夜叉鋏の過干渉はパーソナルにまで及ぶようになる。鈴星の影踏みは自身で影を踏むことで影の主の行動を封じる能力だが、夜叉鋏が影に接触することでもそれが発動するようになっていた。人形が動けなくなったのも、鈴星が接近してきた人形の影に向けて夜叉鋏を投げたからだった。

 好機から一転、窮地に立たされた杏樹はすぐに別の策の実行に移った。天井の照明に土の理を射出していき、明かりを減らしていく。そして窓という窓を土壁で塞いで光を遮断した。

 薄暗くなった世界に、煌々たる光が1つ生まれた。杏樹が具象化した光の剣は床に突き立てられ、杏樹と鈴星を照らした。

 明かりを全て消すことで影をなくすという手もあった。しかし、鈴星のパーソナルが影に作用するだけではなく、影を含む闇全てに及ぶものであった場合、常に危険な状態になってしまう。なので、影が複数ある状態をなくし、光源を1つにすることでリスクを減らすという手にでた。しかし狙いはそれだけではない。

 光の剣を盾にしつつ、杏樹は鈴星の動きを注視して迎え撃とうとする。鈴星は直進して杏樹に近付くのを止め、影を踏みやすい背後に回ろうと迂回しながら向かってきた。

 鈴星の足取りは杏樹に近付けば近付くほど確かなものになっていき、気付けば小走りで杏樹の死角に回り込もうとしていた。杏樹は鈴星の動きに合わせて理を射出したが、放ったと同時に鈴星は速度を上げた。

 理は躱され、鈴星が一気に駆け寄ってくる。大きく片足を出して、杏樹の影を踏もうとする。しかし影は一瞬にして向きを変え、反対方向、杏樹の後ろに逃げていた。

 杏樹の思惑通りだった。光源は自分が生み出した光の剣1つ。だから、それが生み出した影を踏まざるをえない。だが、その光源を支配しているのは自分であり、消すのは可能だし更には別の光源をまた発現させられる。

 鈴星に影を踏まれる瞬間、杏樹は光の剣を消して、別の場所に新たな光の剣を発生させた。そうすることで影は別の方向を向き、鈴星の影踏みから逃れることが出来たのだ。

 それだけではなく、影を踏めば勝利は確実であるその能力に、鈴星は慢心を抱かないはずがない。その一歩が床に着いた後、鈴星の油断は大きなものだった。杏樹の掌底が鈴星の顎を打ち、足が浮くほどの衝撃を受けて倒れた。

 鋏も手からこぼれ、目を見開いたまま動かなくなった鈴星。気絶したと安堵する一方、生気のない瞳に言いようのない恐怖と不安を覚えて目を離せなくなった。

 杏樹は自分の心臓の音が耳障りなほどよく聞こえていた。それがどんどん大きくなっていき、頭痛を起こすほどになっても、鈴星を凝視し続けていた。目も耳も頭も、恐怖に囚われていたがゆえに、その刹那の変化に遅れをとった。

 鈴星が体を反転させて、床を這うようにして迫ってきた。あまりに急で不自然な復活に、杏樹は悲鳴をあげた。

 咄嗟に逃げる杏樹を、鈴星は追った。落ちていた夜叉鋏を拾いつつ立ち上がり、飛びかかるようにして、杏樹の背中に刃を向けた。

 無防備な背中だったが、刃は掠ることすらなかった。鈴星はよろけて転倒したからだ。しかし、その刃は転倒した拍子に杏樹の右足首を貫いていた。

 貫通した刃は足の甲にまで届いた。今まで味わったことのない激痛に杏樹は絶叫し、崩れ落ちた。鋏に手を掛けて抜こうとするが、手は震える上に力も入らなかったので自分で抜くことは不可能だった。

 鈴星もまた、倒れながらも手から鋏を離そうとはしなかった。気味の悪い笑い声を上げ、傷口を広げるように鋏を動かす。溢れて止まることのない血は杏樹の足と鈴星の手を赤く染めていった。

 断末魔は次第に弱くなっていった。杏樹は足掻く気力もなく倒れ伏した。足の感覚は死んで傷口の痛みだけが残っていた。

 瀕死になると見ると、鈴星は夜叉鋏を強引に引き抜いた。血を滴らせた刃は、杏樹の息の根を止めるために狙いを変えた。

 鈴星の怨念が込められた刃が杏樹の顔に振り下ろされる。ぼやける視界で杏樹が見た最後の光景だった。

 杏樹は動かなくなった。だが、死んではいなかった。鈴星は尻もちをつき、目の前に現れた人物を見上げた。

「貴様は絶対に許さない。杏樹様の半身として、忠実なるしもべとして、この私、マリアージュが罰してやる」

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