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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
世界と理と
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悩めるお嬢様

 自分がなぜ此処に来たのか。理由などなく、漠然と告げられた日に告げられた場所に来ていた。

 来てみると、いつしか見た妖怪たちと頼人たちが戦っていた。彼らの窮地に体は勝手に動いた。人形を可能な限り影雪の側で発生させ、凶刃を食い止める。そして、自分に向けられる圧倒的な殺意を拒否することなく全て受け入れる。そこまでは何も考えていなかった。

 エレベーターに乗った彼らを見て、意識が戻ったように感じた。どうして自分は戦っているのだろう。何のために敵を引き受けたのだろう。そんな疑問が杏樹の頭の中で巡っていた。

「惨たらしく殺してやりな! 奴の威厳を死体にも残すんじゃないよ!」

 影雪のロビーに響く怒声も杏樹の耳に入らなかった。次から次へと襲い来る化け猫を作業的に処理し、その度に疑問が主張してくる。次第にそれが鬱陶しく感じ、振り払おうと躍起になった。

 そもそもこんなことを考えなくてはならなくなったのは、頼人が唐突に口づけをしてきたからだ。恋い焦がれる人から受けた接吻なのに、どうしてか悲しさと虚しさが迫ってきた。その感情は頼人を叩くという形で表に出てしまった。それは傍からみても拒絶と嫌悪の意思表示だ。しかし、そんな気持ちはあの時も今も持ってはいない。だとしたら、なぜあんなことをしたのだろう。それを考えるとますます混乱し、解決の糸口は一向に見えなかった。

 杏樹の戸惑いは戦いの中に反映されていた。始めの内は特攻じみた接近戦を仕掛ける化け猫を射出や発生で近寄られる前に返り討ちにしていたのだが、徐々に反応が遅れていき、気付いた時には化け猫が目の前まで迫ってきていた。

 迎撃の暇も避ける隙もなかった。化け猫の鋭い爪が振り下ろされた瞬間、杏樹の前に人形が飛び込んできて、攻撃を庇った。

 人形は化け猫を一蹴するも、無数の化け猫たちが続いた。呆然としる杏樹を尻目に、人形は主人顔負けの理で化け猫たちを圧倒していった。

 孤軍奮闘する人形を見て、杏樹は人形がどうして自分を護り、戦ってくれているのか考えた。

 思えば最近、人形に命令というものを下していなかった。そんなことをしなくても、人形は自分がしてほしいと思うことを勝手にやってくれた。人形を発現する直前なら、自分の思考が理に混ざり、それを汲んで行動してくれているのだろう。そうならば、頼人を助たいという思いを受け、彼女は行動し続けるべきだ。そういう思いが確かに自分の中にあった。しかし、今は自分を敵の攻撃から庇って尚も襲ってくる敵を迎え撃ってくれている。自分を生み出した主を護るというのは当然のことなのかもしれないが、それでも命令の外の行動である。無機物である人形に意思というものがあると感じるのもおかしな話ではなかった。

 人形が自身の意思によって杏樹を護り、戦ってくれている。杏樹が今、曖昧になっているものを彼女は持っている。本来、杏樹の戦う理由というのは頼人のためであった。しかし、それは本当に正しいものなのか、今までの戦いでもそれを優先していただろうか。思い返していくと、ただそれだけのために戦っていたことは最初の内だけだったことに気付いた。そして、自分の中に芽生えていたある感情を漸く見つけることができた。

 皆、好きなんだ。頼人も、花凛も、紅蓮も、戸張も、零子も。はな婆もエニシもユカリも、全員が好きだから、一緒にいたいから戦っていたのだ。今日、こうして無意識にホテルに来たのも、皆が好きだから、これ以上誰も失いたくないから、皆を助けるためにやってきたのだ。

 杏樹は晴れやかな気持ちになっていた。迷いや蟠りも消えた。多勢に押されつつある人形を護るため、全力をもって理を放った。

 杏樹の理は化け猫たちを浚い瞬く間に再起不能にした。残るは親玉の影雪だけとなった。

「さあ、後は貴女1人。覚悟はよろしくて?」

「役立たずども……でも、いいわ。やはり私の手で八つ裂きにしてやらないと気が済まないもの」

 怒りに声を震わせながら、影雪は鋭い爪を持つ両碗を床についた。両脚を目一杯曲げて力を溜めると、体のバネを生かして驚異的な跳躍で特攻してきた。

 杏樹は寸前でそれを躱すが、影雪はすぐに身を翻して追撃の姿勢を取った。体勢を整えきれない杏樹が不格好になりながらも振り向いて対応をしようとした時、影雪の背後の少女に注意が移った。

「貴女は……」

 思わず声を出す刹那、目の前の景色が一変した。影雪の胸を鈍く光る刃物が貫き、辺りに鮮血が散った。

 苦悶の表情のまま倒れる影雪の後ろから、その少女の全姿が現れた。初めて相対した時とは明らかに変容していたが、見覚えのある人相だった。

 少女は虚ろな目で杏樹を見て、生気のない声で呟いた。

「並木君を殺したのは……あなた?」

 垂れ下がった右手に握られた歪な鋏は切っ先は向けられておらずとも、殺意の念が杏樹に痛いほど向けられていた。

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